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戦場にて愛?を育みます
「ねぇ、ニッポーン国出身の御年29な王子だと言い張るほら吹きタロウは知っていて? あんなゲスな裏切りをした節操なしの変態ヤロウが未だに私の恋人気分でいたのよ。笑っちゃうと思わない?」
おほほほほーっと馬鹿にしたような高笑いをするジョアンナに、タロウは無の悟りを開く。
感情を乱してはいけない。
例のイカれ発言を忠実に実行されて早ひと月。
諜報員も真っ青なほど強引な手法でタロウの身辺調査を終えたジョアンナは、今日も陽気にタロウをこき下ろす。
最初は相手にしなかったのだ。
何を言われても無視を決め込んだのだ。
業を煮やしたジョアンナが長時間に渡り便所の前で座り込み、別に戦場だから外で構わないと言ったタロウを執拗につけ回さなければ。
タロウに排泄行為を見せる趣味などない。
マジでやるぞ、とベルトに手をかけて脅してもその場を動かなかったジョアンナに白旗を上げるしかなかったのだ。
嘘を考えるだけの気力が根こそぎ奪われていたタロウは、聞かれるまま素直に話してやったのにジョアンナは信じない。
当然と言えば当然だ。
異国の王子が他国で傭兵をしているなんて誰が思うだろう。
だから信じなくても気にはしない。
こちらは何の支障もないのだから。
「ニッポーン国出身と29歳とたぶんタロウという名前しか合ってないほら吹きタロウは、きっと長年の傭兵生活で頭を何度も殴られたのね。ほらをほらとも思わない。残念な思い込みは負傷のせいだから仕方ないけれど……私といる時はもっと笑って頂戴ね」
せっかくとっておきの笑い話をしたのに、などと意気消沈されてもな!
「笑えるわけがないだろうが!!」
ジョアンナが喋れば喋るほどタロウの無の境地が崩れていく。崩されていく。
支障はないはずなのに、信じないジョアンナの物言いがいちいち気に障って仕方なかった。
「あらら、ニッポーン国の御年29の王子と言い張るほら吹」
「前置きはいい! タロウと普通に呼べ!」
「……ではタロウ、貴方もしかして嫉妬したのかしら? 嫌だわ、そんな可愛い勘違いをしなくても私の恋人は貴方だけよ」
頬に手を充てて身を捩るジョアンナにタロウは一瞬で正気を取り戻す。
「あのな、俺のどこにそんな要素があった」
「怒鳴ったわ」
「そりゃ怒鳴りたくもなるさ」
「ほらやっぱり」
ダメだ……頭痛がしてきた。
タロウはため息を吐きながら痛むコメカミを揉みほぐす。
ジョアンナはジョアンナで、節操なしのケチくさいゲスが意味ありげな視線を寄越して来る理由が分かってスッキリした、きっちりタロウが恋人だと宣言したから安心して、と項垂れるタロウをタロウの心境を知りもせず慰めてくる。
タロウはイカれ……ジョアンナの交友関係などどうだっていい。恋人になったつもりも好意のカケラも抱きようのない女の恋愛に興味はない。
だが、自分の事も知って欲しいと無理やり聞かされれば、知りたくなくとも記憶に残る。
ジョアンナの元恋人は騎士団長のソリュージュ。この隊の責任者で傭兵のタロウにとったら雇用主と同じだった。
しかもその相手にジョアンナは新しい恋人が俺だと宣言している……せっかく俺が奴のねちっこい追求を躱してたのに余計な事をっ!!
「そんなだから浮気されんだよ」
苛立ちから出た言葉にジョアンナが目を丸くしたのは一瞬だ。
すぐに目線も顔も下を向き表情を隠された。
傷付けたのは明らかで、言った後でしまったと後悔しても遅い。
「あ、ジョ、ジョアン……ナ」
タロウは良くも悪くも善良だった。
王子として育った環境が人を悪し様に罵ることを良しとしなかったのだ。
しかし、悪いと思っても卑屈に拗れた性格で素直になれず、名を呼び傍に寄ることしか出来なかった。
動揺もあったのだろう。
いくら恋人でも男を嫌悪するジョアンナに、やさぐれて男のいいなりなどゴメンだと決意したジョアンナの殺気に、気付けなかったのだ。
急所たる向う脛を思いきり蹴られ、タロウは悶絶しながら地面に崩れ落ちた。
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