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逃がしませんわよ
なんでこんな事になったのか。
タロウは今、国を出奔してから何十年と乗っていない馬車に揺られている。
座り心地は抜群で緩やかな振動……ああ、こんな乗り心地だったな、と王子だった頃を懐かしむ余裕もない。
なぜなら、正面を筋骨隆々の騎士団長ソリュージュ、隣りをイカれ女ジョアンナという、あり得ない組み合わせの苦行を強いられている最中だから。
「おい、勘違いするなよ。ジョアンナがお前に構うのは俺への当て付けだ」
( だったら是非引き取ってくれないかな )
「違います。タロウは私の恋人よ」
( 断じて違う! )
「求婚を受けただろう」
( え、そ、そうなのか……(喜び) )
「懐中時計ならメルルにあげたわよ」
「何だって?!」
途中で話しが分からなくなったタロウは、心の声を止めて言い合う2人を伺った。
ソリュージュは驚いているがジョアンナはゾッとするような笑みを浮かべている。
あ、コレ。ろくでもないやつだ。
付き纏いで学んだ勘が冴え渡るタロウ。
「だって隊の責任者ともあろう者が国の勝利というオメデタイ話しを真っ先に報告する仲だもの。喜んで橋渡し役になってあげましたわ」
「はし、はし、橋渡しって……ちょ、」
「貴族女性の初めてって大事ですのよ? 奪った責任取るのが当然、いえむしろ、娼婦を買わずにわざわざ貴族の生娘に手を出したのは、最初から娶る気満々だったのでしょうけど」
「ち、ちがっ、」
「上官殿もなかなか策士よね。同僚の私に頼るなんて。大事な求婚を人任せはどうかと思うけど、結果は見事大成功よ。良かったわね」
ジョアンナはソリュージュに口を挟ませず、怒涛の勢いで話を終了させた。
突き返すつもりのものをメルルにやったのは、ソリュージュが受け取らないことが分かっていたからだ。
そうなれば分が悪くなるのは身分の劣るジョアンナの方。戦地ならまだしも王都に帰還することが決定している今、戻ったら家紋入り懐中時計をジョアンナが手にしてる事を盾に、公爵家から正式にホーリー侯爵家へ打診するのが目に見えていた。
「ジョアンナ……本当にもうダメなのか」
「ええ。一縷の望みもなくてよ」
「……そいつを、愛したから……?」
「いいえ全然」
ジョアンナの即答にソリュージュは唖然となるが、言われた本人タロウは、だろうな、と同意しかない。
「私、男に振り回されるのはもう懲り懲りですの。これからは私が主体で私が主導で私がやりたいようにすると決めたのです」
( だろうなだろうなそうだろうよ! )
タロウは心の中で何度も頷いた。
そして、どうか諦めるな頑張ってくれ、と未練がましいソリュージュを必死で応援する。
タロウは戦争の終了に、ようやくイカれ女から解放される、と過去一くらいに喜んだ。
給金貰ってとっとと立ち去ろうと目論んでいたが、ここでイカれ女の投げた布石が発揮する。
雇い主たるソリュージュの元に赴けば、恋敵登場とばかりに睨まれる。そして難癖をつけられ、今手元に金がないだの、欲しければ王都に取りに来いだの言い出した。
その日暮らしの傭兵に王都に行く路銀などない。払う気がないのは一目瞭然。嫌がらせにもほどがある。
「私が王都まで連れて行きますわ」
生きるため金を諦めるわけにはいかないタロウは、颯爽と現れたジョアンナの提案に屈した。
渋々同じ馬車に乗れば、未婚の男女が密室で2人きりなど言語道断とソリュージュまで乗り込んできたのだ。
で、今の状況が出来上がったわけだが……。
心なしかソリュージュのタロウを見る目に敵意が消えている。
そうだ、俺は敵じゃない。むしろ味方だ。真実を知ったなら俺を助けてくれないか、と念じるタロウだった。
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