うん、いいよ

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うん、いいよ

「お父様お母様、こちらが手紙で知らせた私の恋人タロウです」 「やあ、初めまして」 「お父様お母様、知っての通りタロウは平民です。根無し草な傭兵生活を送っておりましたので家なき子でございます」 「うん」 「ですから我が家に泊めますね」 「分かった」 ここは王都にあるホーリー侯爵家邸。 タロウが逃げる隙もなく連行された場所。 そして今、会話のあまりの速さに二の句が告げぬ間に、タロウが泊まることが決定した場所でもあった。 どうしてこうなった再びである。 しかし、この状況を甘んじる訳にはいかない。 左右背後をどこからともなく現れた屈強な男達、もといホーリー侯爵家の護衛に囲い込まれているが、ここで引いたら完全に詰むのは間違いなかった。 「あの、」 「それでですねお父様お母様」 「なんだいジョアンナ」 「すまな、」 「ご報告がありますの。此度の戦地に置いて騎士団長を務めていた公爵家の三男ソリュージュの件ですわ」 「ああ、あのドグされ浮気男野郎の求婚についてだね」 「その件は寝取り女メルルに押し付けたので過分な心配は入りませんが、問題はお家の公爵家がどう出るか、ですの」 「なるほど。ジョアンナの同僚メルル嬢は確か貧乏子爵家の五女だったな」 「ええ、身分の釣り合う令嬢に婿入りするならともかく、貞操観念のないお股がユルユルな女で家に何の益もなくマイナスしかない婚姻を公爵様がお認めになるかしら」 「無理だろうな」 「私もそう思います。別に2人がどうなろうが知ったことか、なんですけれど……私がソリュージュの元恋人なのは知られているでしょう」 「ふむ」 「権力のゴリ押しでこちらにとばっちりが来ないとも限りません」 「無くは無いな。ドグされは戦勝の功労者だ。息子可愛いさに裏で王命なんぞお願いされたらウチも断ることが難しいだろう」 「ですから先手を打ちたいと思います」 「うん、いいよ」 タロウが口を挟めたのは最初だけ。 挟めたと言っても最後まで紡ぐ前にジョアンナに阻止されていたし、ジョアンナの両親もそんなジョアンナに便乗していたように思う。 あれ、ここは敵しかいない……? 有耶無耶にされそうな気配、家族全員で力づくで押し流そうとする強引さをヒシヒシと感じ、タロウは初めて我が身に迫る危機を察知する。 「マーティン、ネルソン、タージュ、やりなさい」 「「「は」」」 しかし察知してもここに来た時点で遅かった。 ジョアンナの命令に左右背後にいた護衛が瞬時に動く。タロウの腕を固定し羽ペンを持たせ二人羽織りという鮮やかな連携プレーを決める。 そしてタロウの前には、いつの間に用意されたのか、ギョッと目を剥く内容の用紙が用意されていた。 「おい、本気か……?」 「本気ですわ」 「嘘だろ……?」 「お父様にも了承は頂いたわ。観念なさい。さ、マーティンにネルソンにタージュ。やっておしまい」 「「「は」」」 「くっ、やめろっ!!」 抵抗空しく3人がかりの剛腕にタロウは屈した。 無理やり書かされた自分の名前。 その隣りにはジョアンナの名前が綺麗な文字で記入済みである。 ニッポーン国を出て初めてタロウは泣いた。 号泣だ。 戦争終了でめでたくイカれ女とおさらばするつもりだったタロウ。 予定は狂ったが、タロウの立場を理解したソリュージュに上乗せされた給金を貰い、王都から去るつもりだったタロウ。 街を歩いていたら先程の3人に捕まって、あれよあれよと言う間にギョッと目を剥く書類、またの名を婚約書ともいうそれらに名前を書かされていた。 なんでこんな目に……。 ニッポーン国だけじゃない。 タロウは異国の地アッパーレにおいて、いや厳密に言えば悪の巣窟ホーリー邸でも敗者となっていた。
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