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そして・・・
鳴り響くサイレンの音。誰かが私に向かって懸命に話しかけている。
なんだろう。よく聞こえない。
身体は動かない。声も出ない。目も開けられない。
「・・・っかりしてください。聞こえますか?」
「息はある。まだ生きている。早く(担架で)運んで!」
段々ハッキリと周りの声が聞こえてきた。
あぁ、そうだ。私は通勤途中電車の事故に巻き込まれたのだった。
うっすらと目を開けると消防隊員が私の身体を担架で運び出そうとしているのがうかがえた。
ふと、視線を片腕に向けると某ブランドの腕時計を身に付けていた。
優しい夢を見ていた。私の理想の夢。ありきたりの平安な夢。
私の母は義父に凌辱され、そして私が生まれた。物心ついた時から理由もなく身内から他人から苛めを受けた。妹は可愛がられるのに何故私だけが迫害を受けるのか分からなかった。
父は仕事や何かむしゃくしゃすることがあると私に暴力を振るった。そんな時母はいつも私を害虫を見るような目で罵った。
大人になりDNA鑑定結果と自分が何故周囲から迫害を受けるのかその事実を知って愕然とした。
今は上京している。故郷へ戻ることはない。最初から私には帰る場所なんてなかったのだから。
ブランドの腕時計は自分の誕生日に自分へのプレゼントに買った物だ。
現実なんてこんなものだ。何もなさずに事故で突然死に行くものなのか。
アニメの物語で次の人生はハッピーな生まれ変わりなんて、せめてそうでも思わなければやっていられないからそう書くのだろう。
そんなおいしい展開なんてあるはずもなく・・・
薄れ行く意識の中で走馬灯のごとく見た夢の続きを永遠に見ていたいと私はそう思った。
(完)
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