第一章

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 律儀に一言断って家の中へと入ってみれば、確かに人の住んでいた気配が残っていた。それは長く使ううちに少し傷んでしまった食器であるとか、壁や床に残る不揃いな痕は、彼らの生活が少し垣間見えるようだった。自分が住んでいる時代よりは少し昔のようであったけれど、それでも生活感とは想像できるものなのだ、とアスカは思う。 (だから、余計に変なんだよな……)  今までアスカが渡り続けてきた夢には、宿主以外にもいくらか生物が登場していた。それは宿主の知りうる人間や飼っている動物、好んで読んでいる物語の登場人物といった者たちだ。  それが、この夢には誰もいない。あるのは広大な森と町、そして晴れ渡った海だけだ。宿主の姿が見えないのも不思議だったが、同時に登場人物がひとりもいないのも奇妙だった。  一体、誰が見ている夢なのか。それがますます気になった。  一通り歩き通したが、町のあちらこちらに人の気配は残っていても人そのものは見当たらない。一度海を見に戻るか、とアスカが踵を返したときだった。  入り組んだ道の先。動く影がちらりと見えた。ほんの一瞬のことで、ともすれば見間違いの可能性も大いにある。  けれど、アスカは無意識にその影を追っていた。  誰もいないこの町に不思議と忌避感はなかったが、それでも誰かがいるのなら会っておきたいと思った。  影が消えた先の路地を覗けば、再び曲がり角の先に影が消えた。同じように追いかけること、三度。これだけ同じことが起きたなら、それはきっと見間違いでも幻でもないだろう。
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