第一章

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第一章

 夢渡りを始める瞬間は、どこか水に沈みこむような感じがする。とぷん、と大きな水の塊に飛び込んで感じる、奇妙な浮遊感は心地よい。  目を開けば、眼前にはきらめく「泡」がそこかしこに浮かんでいる。色も形も大きさも違うそれは、そっと寄って眺めてみれば、内側に景色や人間が映りこんでいる。 (今日はどれを見ようか)  アスカは宙を蹴り、夢の泡が無数に浮かぶ漆黒の空間を飛んでいく。  この場所の詳細を、アスカはあまりよく分かっていない。  物心ついた頃から、眠るとアスカはいつもこの場所に落ちてきた。それは十七になった今でも一日も変わることがない。  ここにはいつでも無数の夢が泡となってちらばっていて、誰かが夢を見始めれば泡が生まれ、目覚めればぱちんと弾けて泡は消えゆくようだった。  人が眠りに落ちて見る夢の集合場所。夢の海とアスカは勝手に呼んでいる。  そのうち、ひとつの夢の泡が目に止まる。とりわけ目立っていたわけでもないが、本当になんとなく、といったところだ。  そっと、夢の泡へと手を伸ばす。指先が軽く触れた瞬間、少年の姿がとろりと融けた。  夢の中は知らない路地裏だった。入り込んだアスカの眼の前を、見知った少年が駆け抜けていく。走ってきた方向を見れば、黒服に黒いサングラスの男性が数名追いかけてきている。全速力で駆ける彼らの迫力に気圧されて、アスカも地を蹴り駆け抜けていった少年を追うように走る。  追われる夢を見るものは少なくない。ただ、こんな街中を全速力で逃げ回っている夢は久しぶりに見た。  一体どんな人間がこの夢を見ているのか、アスカは先を逃げる少年に追いつくため、少し上へと飛び上がる。身体が浮き、少し上から街を俯瞰する。
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