この先は行き止まりです。

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 三枚目の扉を開けると、あ、ここは僕がいま住んでいる一人暮らしの部屋じゃないか。六畳の、物が乱雑に散らかった部屋だった。大した用事はないくせに掃除をやっていないからか臭い。恐らく洗濯物も山のように溜まっているだろう。コンビニ弁当の空き容器やオナニーに使ったティッシュが床に放り投げたままになっていた。  部屋の中にいるのは、今の僕と姿かたちが変わらない僕だった。今より少し未来の僕だとわかったのは、今は持っていないTシャツを着ながら、数か月後に発売されるテレビゲームをやっていたからだ。  てっきり過去の自分がまた現れると思っていたのだが、あの扉を開けることで過去未来関係なく十年ごとの自分の一場面が見られるということらしい。僕は恐ろしくなってニ十歳の僕の後ろ姿しか見られなかった。床に座ってゲームをしている。無精ひげを生やしながら死んだ目で現実逃避するようにゲームへ熱中している姿が浮かび、早くこの部屋が消えてくれないかと思わず目を瞑った。  どれくらい自分が目を瞑っていたかわからない。ソッと開けてみるともう部屋は消えており、また例の汚くて狭い道が前に伸びていた。  そしてまた十メートルほど先に壁と扉があるのを見て、僕はゾッとする。あの扉を一枚一枚開けていけば、未来の自分の姿が見られるということである。次の扉を開ければ、恐らく三十歳の自分がそこにはいる筈なのだ。  未来を見るのは恐ろしかったが、自分の意志ではないかのようにノロノロと僕の足は四枚目の扉へと向かっていた。お金持ちになっていたり、結婚して幸せな家庭を築いていたり、好きなものを見つけてのめり込んでいたり、そういう自分が想像できなかった。無気力なまま最低限の生活を送っている自分しか想像できない。  思えば僕は昔から大したことのない人間だった。取り柄がなくて個性もなければ目標や趣味もない。それにここ最近で起こった不幸の連鎖のせいで、元々なかった気力がほとんど消滅してしまっていた。  目標みたいなものがなければ、人間は駄目になっていくのだろうか。いや、そんなことはない筈で、例えば宝くじが当たったり、ちょっとしたきっかけで幸福を掴んでいるような人はいくらでもいる。だとしたら僕は、運が悪かったというだけなのだろうか。  四枚目の扉を開けると、臭かった。この異臭はさっきから僕があの道で感じていたものと同じで、何かが腐ったような匂いはどうやら三十歳の自分の部屋から匂ってきていたみたいだ。  いま住んでいる部屋と、同じである。実家へも帰っておらず引っ越しもしていなくて、同じ部屋に住み続けているみたいだ。床にぼーっと座っている三十歳の僕がいる。あ、頭がかなり薄くなっている。今よりも痩せていてやつれていて、まるで抜け殻のように生命力を全く感じない男となっていた。  三十歳の僕は、呆然と立つ僕の方を見ると立ち上がってゆっくりと近づいてきた。彼には僕の姿は見えていない筈なので、これはたまたまこちら側に用があって歩いてきているだけなのだろう。そう思ったが、三十歳の僕はその濁った眼で僕を真っ直ぐに見つめながら、 「お前のせいだぞ」  そう呟いた。  口からキムチのような匂いが漂ってくる。どう見ても裕福とは思えない、四十過ぎにも見える老けた姿で僕に詰めよってきている。 「お前のせいだ、お前のせいだ、お前のせいだぞ」  連呼しながら汚い唾を浴びせてくるので、僕は吐きそうになった。僕のせいだということは、悪いのは過去の自分じゃないのかと僕は思う。彼は恐らくずっと同じアルバイトを続け、カップラーメンを啜りながら、楽しいことなんか一つもなく最低限の生活を続けてきたのだろう。それが嫌というほどわかり目を背けようとしたが、目を背けられなかったのは三十歳の僕が両手で僕の首を絞めてきたからだ。 「殺してやる」  おい、お前はいま自分を殺そうとしているんだぞ、過去の自分を殺したら自分まで死ぬんじゃないのか。  そう思いながら首を絞められているが、握力が弱すぎる。失神したり体の力が抜けて抵抗できなくなる前に僕は反撃を決意した。いくら握力が弱いとはいってもこのまま首を絞められ続けていたのであればいつか死ぬ。  僕は三十歳の僕へ確かな憎しみを持ちながら、両手で首を絞め返した。十九歳の僕の方が握力が強いのは当然のことだった。僕は自分が嫌いなので、いま目の前にいるこいつにもはっきりとした殺意を向けることができた。 「クソ野郎が。ぶっ殺してやる」  無意識にそんなようなことを言って、首を絞める両手に力を加えていった。みるみる力が抜けていくのがわかり、やがて三十歳の僕は口から泡を吹き、白目を剥きながらバタリと倒れた。その時に床に置いてあったカップラーメンの空き箱がぐしゃりと潰れた。空き箱には中身が一切入ってなかったので、こいつはスープを飲み干したんだなと思った。  三十歳の僕は一瞬体がピクッと痙攣を起こした後、横たえたまま動かなくなった。  三十歳の僕が死ぬと、またフッとその未来の世界は消えた。左右を高い塀に挟まれた狭い道に戻ってきていた。  十メートルほど先に白くて高い壁があったが、そこにはもう扉はついていなかった。どうやらここが行き止まりみたいだ。僕が未来の自分を殺してしまったから、もうこれ以上先へは進めないということなのだろう。
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