幼馴染みとの契約交際が溺愛必須に変更されました。

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「ああ。クリスマス前からイギリスに出張だったんだよ」 「やっぱり、忙しそうね」  倫之は昔、決して勉強ができるタイプではなかった。けれど中学のある時期から一念発起したらしく、高校時代には定期テストの上位グループの常連にまでなった。特に英語は、成績は言うに及ばず、ネイティブの先生も舌を巻くほどの会話力をも身につけた。  そうして難関と呼ばれる国立大学に進み、今では、海外に複数の支社を持つ総合商社に勤めていると聞く。 「そう言う由梨は? 会計事務所、事務でも大変だろ」 「……そうでもないわよ。六年も勤めれば慣れるし」  三人いる会計士のうち、二人はまあ普通なのだけど、残る一人は少々くせ者だった。もともとは個人経営だった事務所で、仕事が増えたために会計士も増やしたのが合同事務所の始まりだ。件の一人は、元いた会計士先生の娘さんで、それを鼻にかけて他の先生にも私たち事務にも、やたらと偉そうにふるまう。かろうじてパワハラではない、といったレベルで。  他の先生二人は、大先生の弟子のような立場だったから、そういった言動を強く注意できずにいる。私たちのような、雑用係と認識されている事務などは、推して知るべし。  けれどこの六年辞めずにいるのは、ギリギリ我慢できる程度であるのと他の先生の気遣い、そして一度転職しているという履歴があるから。  私は新卒で入った会社を、人間関係のもつれが原因で二年弱で辞めている。まったく身に覚えのない、社内でのいじめ首謀者と疑われたのだ。実際に特定の新入社員を、その子が可愛らしく男性社員に人気が高いという理由でいじめていたのは同期の女子社員だったけど、仕事への姿勢で彼女と気が合わなかった私に、何もかもが押しつけられた形だった。  噂を、おかしいと感じる人もいたようだけど、誰も表立って異を唱えることはしなかった。女子社員が、その会社の専務の娘だったからだ。  そんな経緯での退職だったから、同じ業種の会社には噂が広まってしまったようで、再就職できなかった。バイトを続けながら二年、やっと採用してもらえたのが、今の事務所だった。  だからよほどのことがない限り退職はしないと決めて、パワハラ寸前の振る舞いにも耐えつつ、六年。  気づけば三十歳を過ぎて数年だ。
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