餞ライター

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 津川とは楓が学生の頃からの付き合いである。  当時の津川はT大の准教授だった、というかその頃は助教授といっていた。K大のポストが空いたというので、津川が教授に昇進するとともに研究室ごと移動するのに楓も巻き込まれた格好だ。  都落ち(実際は『京に上る』わけだが)と揶揄する口さがない連中もいたが、ずっと東京にいた楓にとっては非常にいい経験だったし、なんせ〝彼〟と出会うきっかけにもなったので、津川教授は文字通りの恩師である。 「今日はどちらまで?」 「うんとね、宇治、平等院鳳凰堂をね」 「ああ、綺麗になりましたもんね」 「E先生とお客さんたち、十円玉と同じだ~って。逆だよねえ」 「まあ気持ちは分からないでもないですが。桃園君だって、新幹線で富士山見るとはしゃぐじゃないですか」 「福岡から羽田までだとあのカタチじゃ見えないもんねえ。あ、そうだ、みんなにこれ、お土産」  渡されたのは某有名店の八つ橋の箱で、おそらく客人を案内したついでの産物だろう。案外住んでいると食べないものなので、久々である。  有り難く頂戴しますと院生の加納に箱を渡し、津川と自分の分を取り分けてもらってから、教授室のドアを潜った。
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