餞ライター

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 昨年、古本屋での一件で日向教授と顔を合わせた彼だが、ひどく印象深かったようで、その後、わざわざ書店で宮沢賢治短編集を贖ったりしていた。よもや忘れるはずもないだろう。  しみじみとライターを見つめる彼の横顔を見ながら、ほとんど仕舞いになったガラムを吸い込む。  ほぼすれ違っただけの日向が、彼が何者かを知っていたとは思えない。ただ、■■の店主から話は聞いているだろうし、彼もラッピング電車の被写体になる程度の有名人だ。  日向が〝彼〟にあたりをつけるのは難しくない。  あのときの宮沢賢治全集に挟まっていたという写真が、かつて楓が鴨川で出くわした彼女であるかどうか、確かめる術はもうない。しかし、恐らく彼女が日向のパートナーであったのは間違いないだろう。  そして、楓もそこそこ学部では知られているので、あと要素が一つか二つ揃えば、日向なら彼女が持っていたライターの出処に勘付く。  ついでに、楓と彼との関係にも。
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