餞ライター

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「山科くーん、いるー?」  と、聞こえた気がして、楓は顔を上げた。  ここで自分を君付けで呼ぶ人間はひとりしかいない。慌てて資料室のガラクタの山を踏み越え、山科楓は廊下に顔を出した。 「先生、ココです」 「あっ、ごめんね、取り込み中に」  ニコニコと微笑む津川教授に、いえ、と応えてから楓は来意を問うた。 「どうしたんですか、今日、何かありました?」  日曜日である。勿論、理系研究科ではカレンダーはあまり意味を成さないが、講義もゼミもないし、特に家庭持ちの教官達は基本、顔を出さないものだ。 (とはいえ結局、自宅でパソコンと睨めっこだったりするが。)  ちなみに、楓は昔のデータを格納した媒体がMOだったというミラクルが判明し、資材置き場からMOディスクドライブを捜索中である。学生たちも手伝ってくれていたのだが、そもそも現物を知らない平成っ子たちには難易度が高く、仕方なく自分で探している。なんせSCSIーUSBのケーブルまで必要なのだ。 「E先生のとこのお客さんが京都観光したいっていうから、お付き合いでね。ほら、E先生、来たばっかりだからこっちのことあんまりでしょう? その帰り。山科君はどうしたの? なにか探し物? 手伝おうか」 「いえ、もうほとんど片付いたので、大丈夫です」  慌てて遮る。昔の最新機種等が詰め込まれた部屋での捜索など、理系男子にとっては宝探し以外の何物でもなく、夢中になった挙げ句のぎっくり腰とかシャレにならないし、と心の中で付け足す楓である。 「で、どうしましたか」  改めて問いながら、楓は津川の穏やかな笑顔から隠すように資料室の扉を閉めた。 「そうそう、それがね、E先生に頼まれて山科君に届け物」 「は?」  地学系でこの春から新任のE教授とは面識はない。何事か……とりあえずお茶でもいれましょう、とふたりは教授室へ足を向けた。
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