9.俺たちに青はない

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*** 午後四時十分。 八丈島を飛び立った飛行機は、晴れわたる青空を泳いで東京・羽田へと着陸した。 あっという間の五十分だった。寝る暇なんかなかった。 一時間後の別れなんて考えたくなくて、くだらないこともそうでないこともたくさん話した。 話題の半分は、大森さんと佐々木先生のことだ。 昨日も今日も、僕らは結局ほとんどの時間をウミガメセンターで過ごした。 ウミガメがいる以外めぼしいものがない施設なのに、まさか陽一がここまで気に入るなんて思ってもみなかった。 大森さんは、僕が陽一を連れてくるとニヤニヤと笑った。 「よく頑張ったじゃねぇか」と僕の背中を強く叩くのがちょっとムカついたので、陽一にマスクと帽子を外すよう言った。 その時の大森さんの表情、面白かったなぁ。 みるみる目を丸くして、ギョッとした顔で僕を見て、「坊主、お前何者だ?」って。 だから僕もちゃんと自己紹介をした。 漫画を描いてることも、高校にほとんど行ってないことも、陽一とは昨日出会ったんだってことまで打ち明けた。 そこからはもう、半ば面談みたいな時間だった。 大森さんが佐々木先生を呼んで、二人して僕らのことを根掘り葉掘り聞いた。 ミーハーな質問も結構あった。 普段だったらきっと苛立って答えなかっただろうけど、大森さんと先生だからか不思議とイヤな感じがしなかった。 サインまで強請られて、僕らは互いを揶揄いながら一つの色紙にサインした。あのウミガメ以外何もないウミガメセンターのどこに飾られるかはわからないが、いつかまた二人で確かめに行こうと密かに心に決めた。 代わりに僕らも、二人のことをたくさん聞いた。 二人は僕らほど輝かしい経歴なんかないからと謙遜してなかなか教えてくれなかったけど、僕らにとって大森さんと先生はなんとなく、理想だった。 「あの二人もさ、若い頃は俺らみたいなもんじゃね? 島で一番の稼ぎ頭と、東京で右に出るものはいないほどの名獣医ってさ」 「大森さんが先生を無理やり八丈島に連れてきたことからウミガメセンターが始まったんよね。どっかで聞いたことある話やわぁ」 僕の皮肉を高らかに笑い飛ばして、陽一はこう言った。 「ってことは俺ら、年取ったらあの二人みたいになれるってことじゃん!」 「んなわけあるか」
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