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興奮気味な陽一をたしなめても、彼のテンションは上がったままだ。
肩を強めに掴まれたと思ったら、鼻先が触れるような距離で熱を込めて言われてしまった。
「《俺たちに青はない》、絶っ対描いてよ! 絶対!」
「……気が向いたらね」
その場凌ぎのような言葉だけど、嘘じゃない。
今の連載が終わったら、エッセイ的な漫画を描かないかと出版社から相談されていたのを思い出したのだ。
何かの雑誌のおまけページとして、毎月四ページずつぐらいのゆったりとした連載になると誰かが言っていた。
僕の日常なんて自室の背景一つを淡々と繰り返すだけのコピペ漫画になってしまうからと消極的な返事で保留にしていたが、この三日間の話ならもう少し絵になるかもしれない。
そんな事情までは口に出さなかったから、陽一は僕の返事を勝手に拡大解釈したようだ。
彼の頭の中では、《俺たちに青はない》が本屋で平積みになっている様子が浮かんでいるらしい。
「俺、絶対帯のコメント書くから。顔写真も全然使っていいし」
「そりゃ爆売れまったなしやわ」
「帯の煽り文句はどうしようかなぁー!
あ待って、思いついた。《俺たちに青はない。……この三日間以外は》クゥー! どうよ! かっこよくね!?」
「はいはい。かっこいいかっこいい」
「俺のコメントはこうね!
《これからの長い人生でもし、望が網にひっかかってしまったら、僕はどこにいても飛んでいって助けてやるつもりです。》」
僕がこの時どんな顔をしていたかなんて、陽一は知らない。
ありもしない帯のレイアウトを手であれこれ指し示しながら、実写映画化の妄想まではじめていたから。
楽しげな横顔を照らす、青い空が傾いた。飛行機が着陸態勢に入る。
体にGを感じながら、僕は空を泳ぐ二匹のウミガメを思い描いていた。
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