エピローグ

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エピローグ

二月下旬、馬鹿みたいに冷え込む早朝に、僕は家を出た。 提げているドラムバッグは修学旅行以来久しぶりに引っ張り出したものだ。 荷物は前より少ない。水着も入ってないし、制服も持ってない。 日の出前の真っ暗な空も、在来線を乗り継いで目的地に着く頃には薄らと白みはじめた。 洒落にならない寒さにも、外に出たことへの後悔はない。 二日分の仕事も完璧に終わらせてきた。 今はただ、その瞬間が楽しみで仕方がない。 平日の早朝にも関わらず、目的地には予想外に人がいた。 ファンって一瞬の高揚のためにここまで頑張れるのかと素直に感心してしまうけれど、側からみたら僕もその中の一人だ。 着飾った若い女性たちの中に混ざるのは気が引けたが、三人ほど男性の姿を見かけてホッとする。 スタッフの案内に従って、はられたロープの外側に立った。 砂利の駐車場に全窓が目隠しされたロケバスが三台停まっている。 待機中の暇を持て余した女性たちが、どれが彼の乗ってるロケバスだろうかとお喋りに興じ始める。 明るくなってきた空を仰ぐ。 山肌の中にポツポツと覗く、赤い鳥居の行列をぼんやり見つめる。 ここでの撮影は三日目と聞いているが、この小高い山と無数の階段を毎日撮影機材を担いで登るのはさぞ大変だろうなと、撮影クルーを案じてしまう。 隣の女性二人の話題が「寒すぎる」という愚痴に変わった。 彼女らの胸元にはもうすっかり冷めたであろうオレンジのキャップのペットボトルが抱かれている。 今日は本当に寒い。京都は今週ずっと曇天続きだ。 少しでも日が出てくれればもう少し楽になるのに、厚くのさばる白い雲を恨めしく思う。 早く出てきて、という懇願にも近い女性の声に心の中で激しく同意しながら、僕は集団の中で肩をすぼめその時を待った。 今日、久しぶりに陽一と会う。 あの日別れ際に交わした、約束のような告白を実現させるために。
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