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こういう時なんて言って別れればいいのか、僕らは全然知らなかった。
たった三日間しか青春がなかった僕らだ。仕方ないよねと笑いたくなる。
発車時刻まであと三分に迫る。もう行かなきゃいけない。
僕は意を決して顔を上げた。そしたら、陽一と目が合った。
「なんか、色々ありがとう。楽しかった」
口火を切った陽一が、ぎこちなく目を細める。
どこかのドラマで言ったセリフだろうか。
ありきたりで、可もなく不可もない。
つまらんことを言いやがってと思ったけど、僕はもっとつまらんことしか言えなかった。
「うん。僕も」
本当にこれでいいのか、と思っても言葉が見つからない。
陽一は僕の腕をポンと叩き、行けと促す。
さよならを言うつもりはなかった。
また会おうねも、なんかちょっと違う気がした。
なんかもっとこう、いい感じのセリフはないだろうか。
未練がましく言葉を探しながら、僕は陽一に背をむけ歩き出す。
人混みの中を縫うように歩く。
振り返りたいけれど、陽一はまだそこにいるだろうか。
改札の前で立ち止まる。ICカードは手の中にある。
改札を抜けたらダッシュでホームへ向かわないと行けない。
陽一はもう、いないかもしれない。いないならそれでいい。
けれどもし居てくれたら、伝えたい言葉を土壇場でやっと見つけたよ。
これでも僕は、大ヒット漫画の作者だからさ。
「陽一!」
振り返って、まだそこにいる黒い帽子と青いパーカーに向かって叫ぶ。
「今度は僕が、お前を誘拐するからな!」
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