エピローグ

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それは僕にできる、精一杯の告白だった。 想いの全てを込めた。言いながら鼻がツンとして、泣きそうになった。 思い出すと心がざわつく。なんとも言えない感情になる。 今もそうだ。おまけに今日は、ちょっと緊張もしている。 ロープの向こう側で、スタッフの出入りが激しくなってきた。 いよいよかと周囲が浮き足立つ。 スタッフが僕らに駆け寄り、諸注意を叫び始めた。 近隣の住宅にご迷惑なので歓声は抑えてください。撮影衣装を着用しているためキャストは皆様には近付けません。サインもできません。撮影のみOKですので、周りの人に配慮してその場から動かないようにお願いします。 背後からの圧を感じて、僕は少し前に出た。 周囲のボルテージは最高潮だ。 両隣がスマホを掲げている。真剣な表情で見つめる先は画面だが、すぐそこに現れるはずの推しを肉眼で収めなくて良いのだろうか。 なんて思っているうちにロケバスの扉が開いた。 諸注意も虚しく、轟くような黄色い歓声が上がる。 僕はまた背後からの圧に負けそうになった。 両足で踏ん張るのが精一杯で、彼が出てくるところをちゃんと見逃した。 僕が肉眼で見た最後の陽一は、いろんなメディア媒体にいる日向陽一の満面の笑顔、ではなかった。 勘違いかもしれない。あの時は急いでいたから、僕の都合のいいように記憶が事実を捻じ曲げているかもしれない。 けどあの時、僕は驚いてしまったんだ。 陽一が、泣きそうな顔で眉を下げたから。 一度グッと俯いてマスクをずらし、次に顔を上げた時もやっぱりちょっと、泣いてるように見えたから。 僕はその表情を目に焼き付けながら踵を返し、改札口へ駆け込んだ。 あんな顔もするんだ、と妙に感動してしまったのもよく覚えてる。 そんな僕の背中を、よく通る声が追いかけてきた。 「絶対だぞ! 待ってるからな!」 こんな人混みで大声出したらバレるだろうが。 そう思って振り返ったら本当に周囲の人に気付かれていて、慌てふためく陽一の姿は人の波に消えた。 それが、僕が見た直近の陽一だ。 青いパーカー、黒い帽子、黒いマスク、泣き顔。 数ヶ月ぶりの陽一は、全然違う姿だった。 短い金髪、タイトなパンツ、バンドTシャツの上に羽織るのは装飾がジャラジャラとついた革ジャン。
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