91人が本棚に入れています
本棚に追加
/164ページ
それは僕にできる、精一杯の告白だった。
想いの全てを込めた。言いながら鼻がツンとして、泣きそうになった。
思い出すと心がざわつく。なんとも言えない感情になる。
今もそうだ。おまけに今日は、ちょっと緊張もしている。
ロープの向こう側で、スタッフの出入りが激しくなってきた。
いよいよかと周囲が浮き足立つ。
スタッフが僕らに駆け寄り、諸注意を叫び始めた。
近隣の住宅にご迷惑なので歓声は抑えてください。撮影衣装を着用しているためキャストは皆様には近付けません。サインもできません。撮影のみOKですので、周りの人に配慮してその場から動かないようにお願いします。
背後からの圧を感じて、僕は少し前に出た。
周囲のボルテージは最高潮だ。
両隣がスマホを掲げている。真剣な表情で見つめる先は画面だが、すぐそこに現れるはずの推しを肉眼で収めなくて良いのだろうか。
なんて思っているうちにロケバスの扉が開いた。
諸注意も虚しく、轟くような黄色い歓声が上がる。
僕はまた背後からの圧に負けそうになった。
両足で踏ん張るのが精一杯で、彼が出てくるところをちゃんと見逃した。
僕が肉眼で見た最後の陽一は、いろんなメディア媒体にいる日向陽一の満面の笑顔、ではなかった。
勘違いかもしれない。あの時は急いでいたから、僕の都合のいいように記憶が事実を捻じ曲げているかもしれない。
けどあの時、僕は驚いてしまったんだ。
陽一が、泣きそうな顔で眉を下げたから。
一度グッと俯いてマスクをずらし、次に顔を上げた時もやっぱりちょっと、泣いてるように見えたから。
僕はその表情を目に焼き付けながら踵を返し、改札口へ駆け込んだ。
あんな顔もするんだ、と妙に感動してしまったのもよく覚えてる。
そんな僕の背中を、よく通る声が追いかけてきた。
「絶対だぞ! 待ってるからな!」
こんな人混みで大声出したらバレるだろうが。
そう思って振り返ったら本当に周囲の人に気付かれていて、慌てふためく陽一の姿は人の波に消えた。
それが、僕が見た直近の陽一だ。
青いパーカー、黒い帽子、黒いマスク、泣き顔。
数ヶ月ぶりの陽一は、全然違う姿だった。
短い金髪、タイトなパンツ、バンドTシャツの上に羽織るのは装飾がジャラジャラとついた革ジャン。
最初のコメントを投稿しよう!