エピローグ

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治安の悪い見た目の割に、満面の笑みで「おはようございまーす!」と元気な挨拶をする。 ファンがバラバラとそれに応えると嬉しそうに笑みを広げ、わざわざ立ち止まってこう言った。 「今日はこんな朝早くから、しかもこんな寒いのに、お集まりくださりありがとうございます! あのほんと、体が冷えきってると思うので、温かいもの食べたり飲んだりしてくださいね! 僕のせいで風邪引いたとか絶対嫌ですからね! ちゃんと温かいもの食べたよってインスタで報告してください! 全部確認しに行きますからね!」 ギャラリーから嬉しそうな声が上がる。 さすが、ファンの喜ばせ方をよく分かってる。 ファンが前のめりに声をかけると、陽一は一つひとつ聞き取って短い返事を返した。物理的な距離はあるが、心の距離がちゃんと近い。 インスタの件しかり、ファンにそう思わせてしまうマメさも魅力の一つなのだろう。 陽一は、一人一人としっかり目を合わせて手を振っていた。 シャッター音が鳴り止まない。 端からゆっくりと視線を巡らせ、一人一人とちゃんと対話をする様は確かに好感が持てた。早朝から追っかけがこんなに集まるのも無理はない。 そんなことを思いながらこの異様な空間をぼんやりと眺めていたら、陽一と目が合った。 整った笑顔がみるみる引っ込んでいき、目を丸くした陽一は次の瞬間、くしゃくしゃに笑ってから俯いた。 剥がれかけた芸能人の仮面を装着し直して、次に顔を上げたらもう、先ほどと変わらない綺麗な笑顔。 陽一は、僕以外のギャラリーにしっかりお手振りをしてから、ロケ地である神社境内へと向かった。 最後にもう一度お礼を告げ、深々と頭を下げてから歩き出す姿はさすがだった。 けれど僕らに背を向ける間際、狙い澄ましたように僕を見た陽一は、片手で小さく僕を指さし口だけを動かした。 「待ってた!」 僕が吹き出すように笑うと、陽一は満面の笑みで背を向けた。
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