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少し顎をもちあげ、そいつの顔を見てみる。
口元は黒いマスクで覆われ、出ている目元も目深に被った帽子のせいでよく見えない。
背丈はそいつの方が高く、肩幅や体格も僕とは一回りも違うように見える。
あとわかることといえば、そいつは両耳にピアスをしていて、何故か僕と同じような膨らんだドラムバッグを下げている。
「なぁ、誘拐されるでいいよな? 人が来るかも知んねーし」
誘拐って、同意をとらなきゃ出来ないんだっけ。多分違うと思うんだけど、そいつはどうやら僕が首を縦に振るのを待っているらしい。
やっぱ何かおかしいなこいつ。そう思っても、派手な行動もめざましい抵抗も出来ない僕は、掠れた声で小さく了承するほかない。
返事を聞いたそいつは満足げに目尻を下げた。カッターナイフの刃を音を立てて仕舞う。
「オッケー! よかった、さんきゅな。ここでお前がハイっつってくんなきゃ何も始まんねーのよ」
いや、そこでお礼を言うのはおかしいだろ。
やっぱこいつのやること何もかも間違ってる。そう思ったが口にはしなかった。というか、出来なかった。
次の瞬間、僕は息を呑んでしまっていたから。
マスクを顎までさげたそいつは、僕に向かって笑った。
その笑顔は、飽きる程見た清涼飲料水のCMのそれと全く同じだった。
「えっ……日向陽一?」
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