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3
◇
「あれから、20年の間にこんなことがあったんだ」
「ふふ」
ロイは、エマとの20年ぶりの会話を楽しんでいた。
自分の学者としての成長、研究中のある植物のこと。
だが、ゴルド病の現在の状況については、あえて触れはしなかった。
「はは、ふう。ちょっと話すぎちゃったね。」
そう呟くと、エマは、教会の長椅子の背にもたれ、天井を見上げた。
しばし、訪れる沈黙。
彼女の横顔を見つめる。その顔は何かを悟っているかのようだった。
だからこそ、ロイは今だと思った。
20年間抱えてきたその謎を、明らかにするのは。
「エマ、君は」
「…」
「嘘をついたね」
エマは何も言わず、宙を見上げたままだ。
ロイは一呼吸着くと、再び口を開いた。
「君がもらった治療薬は、本当は1つだった。違うかい?」
――
「キミがなくなってから、キミの部屋の片づけをしていたんだ。
でも、キミのための治療薬が入れてあったはずの引き出しには、治療薬がなかったんだ」
「…」
「町医者の先生に聞いたけど、キミはゴルド病にかかったことはないと言っていた。
キミと付き合いのあった人にも話を聞いた。でも、誰もキミから治療薬を貰ってはいなかった」
「…」
「そして、僕らの地位と同じ人たちに話を聞いて回ったよ。
でも、僕らと同じように2つ治療薬をもらった家庭は一つだってなかった。」
「…」
「だから、一つしか考えられないんだ。
治療薬は…本当は一つだったんだって。
そして、キミは亡くなる直前に、二つ目の偽の薬を捨てたんだ。
証拠を消すために。…違うかい?」
いくばくかの沈黙のあと、エマはぽつりと呟いた。
「ロイは、名探偵さんだ」
「それじゃあ…」
「ふふ、うん。大正解」
エマは、瞳を伏せて小さく笑った。
「なんて、危険なことを」
「だって、あなたはきっと飲まなかった。もし一つしか貰えなかったことを知ってしまったら」
「そうだとしても…。君はどうなるんだ、もしもゴルド病にかかってたら、キミはなくなっていたかも…」
その時はエマはロイの方を見る。
「私はよかったの」
「なに言って…」
そして、彼女は静かに微笑んだ。
「私は、30歳で死ぬんだから」
「そんなこと関係…」
「あるよ」
そして、エマは再び天井を見上げると、楽しげに肩を揺らす。
「私、好きだったんだ。ロイが夢を追いかけているのを見るのが。
…私はさ、30歳で死んじゃうから。大きな夢を見ることを…無意識のうちに諦めてたと思う。
だから、私は自分の夢をいつのまにかロイの夢に重ねてたんだ。
ロイが…研究者として、すっごく有名になってみんなからすごいって言われるようになること。
そんなロイが、研究をがんばってるのを見るの、私好きだった」
「君は…」
「だから、死んでほしくなかったんだ。ロイに。もしいつか、恨まれることになってもそれでも…あの時、ロイに死んでほしくなかったの」
ごめんね、と困ったような顔を見せたエマを、ロイはそれ以上追及することはできなかった。
その時だった。
どくん、と心臓が高鳴る。そして、こめかみから汗が流れる。
「…どうしたの?」
心配そうにロイをのぞき込むエマを見ながら、自身の胸に手を当てる。
…待て、まだ何かを見落としてる。
刹那、ロイは頭を懸命に動かす。
そしてその時、一つの疑問がロイの口をついて出た。
「エマ、最後に一つ聞かせてくれ」
「…?」
「二つ目の偽の薬を誰からもらったんだ?」
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