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エマははっと息を飲んだ表情を浮かべた。
そして、躊躇いがちに瞳を揺らし、口をつぐむ。
「エマ、お願いだ」
彼女は、しばしの間、目を伏せたのち、意を決したようにロイを見つめた。
「…町医者よ」
「やはり、そうか」
ロイの疑念は、当たっていた。
つまり…エマと町医者は繋がっていたのだ。
瞬間、ロイの心臓が激しく脈打つ。
かつて町医者は『エマはゴルド病にかかったことはない』、と言った。
けれど、その発言の信憑性は今、大きく揺らいだ。
そして、その事実がエマと抱擁した時の、彼女の肩の違和感に結び付く。
彼女の肩は、少し熱を帯びていたのだ。
その時、ロイはゴルド病のある特徴を思い出す。
『肩あたりに出現する高温を帯びた黒い班点』――。
つまり――。
「エマ、君は…本当はゴルド病にかかっていたんじゃないか」
悲しげにうつむいたエマの沈黙は、限りない肯定を意味していた。
ゴルド病は、健常者で約1年しか生きられない。
まして、エマの場合は半年も怪しい…はずだ。
「一体…いつから…君は…」
エマは、静かに瞳を閉じると、ゆっくりと口を開いた。
――
…私は、ロイ、あなたに生きていてほしかったのです。
そのためならば、どんなことでもできる。そう心の底から信じていました。
そうでなければ、こんな行動はきっとできなかったと思います。
町医者の先生には、偽の治療薬を一つ用意してもらいました。
あなたに治療薬が二つあると思わせるためです。
その理由は、先ほどお話しした通りです。
ですが、この作戦には一つ、重大な問題がありました。
それは…私がゴルド病で死んではならない、ということです。
もし私がゴルド病で亡くなってしまった場合、
あなたに、二つめの治療薬が嘘であったことがばれてしまうからです。
そして、あなたはきっと罪悪感に苛まれるでしょう。
自分のために嘘をつかせた上、私を死なせてしまったという罪悪感に。
それだけは絶対に阻止しなければなりませんでした。
そんな時です、私がこのアイデアを思いついたのは。
私の寿命…30歳という寿命を利用させてもらうことにしたのです。
もし私が30歳まで生きることができれば、
そして先生にも協力してもらえれば、
私がゴルド病で亡くなったとしてもその事実を隠すことができると思ったのです。
つまり、私が。
ゴルド病に5年耐えることができれば、すべての真実を闇の中に隠すことができると思ったのです。
私はあなたとほぼ同じ時期に、つまり、25歳の時にゴルド病にかかってしまったのです。
馬鹿げた行動だと、不可能だと、きっとあなたは笑うでしょう。
けれど、私は、私ならできると信じていました。
ロイ、あなたのことを。
不器用で頑固で、でも誰よりも私を愛してくれたあなたを。
私も、心より、愛しておりました。
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