更年期バンド、バンパイア

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花のように風にまかせてしなやかに生きたい。 私の母の言葉である。 何があってもしなやかに、あれこれ慌てず只々物事に身を任せて過ごして行く。 私にはまだできていないことだ。 45歳を過ぎた私は、ある日突然身体の調子が悪いことに気がついた。今までも不調はたくさんあったけど、朝目覚めて起きられないほどに辛いことなどなかった。  昨日まで元気に過ごして家事に育児に、パートにとあれこれ動き回っていた私は、ベッドから起きあがれないのである。 熱は微熱がある程度。さっきから、頭痛と吐気がひどい。心配した家族が医者に行くよう私に言ったが、起きあがる気力がわかない。 それでもなんとか起き上がり内科を受診したが、痛み止めと、吐気止めの薬を処方されただけだ。 私はそれから3日間ずっと寝ていた。 つらくて泣きたくて、でも何もできなくて結局休まらない私の心と身体は、悲鳴をあげ続けた。 少し気分が良いときに私はコンビニに出かけた。 途中に知り合いのママ友に会って話をした。 「あれ、山田さんて今何歳だったかしら。」 私が45歳だと話すと、ママ友の三崎さんは納得顔をした。 「それ更年期かもよ。私もね、今同じような症状あるもの。私の場合はほてりとかもあって、本当につらい。一度婦人科を受診して見たら良いかもね。」 なんだ。更年期か。 私は自分が一瞬で歳を重ねた気分になり、私はおばあちゃんになる準備を始めたことに寂しさを覚えた。 私はまたコンビニに向かいあるき始めた。 なんだか体のあちこちが痛むような気がしてきた。 心臓もドキドキする。もう私は動けなくなるのかな。 私はやっとの思いでコンビニに着いた。 いつものように買い物をしていく。 買いもしない雑誌を見て、お菓子をかごに入れて、 お弁当もお茶も買ってお会計を済まして外に行く。 しかし今日は違った。 コンビニの窓ガラスに貼られた紙に私は目を奪われた。 「おばさんバンド、バンパイア、ボーカル募集。」 私が若い頃、バンドブームだった。 派手な髪を重力に逆らい天井に向けて硬めた角。 あちこちから生えている棘。 メイクも濃く、ダークな色合いをしていて、曲は割りとひどい言葉の歌詞の歌が多く、ボーカルが時々火を吹く。 あるいは、女装をした男が恋愛をロックな曲で歌い出す。 あの時代のわけのわからないパワーを、今の若者はなんと言うのだろうか。少なくとも、我が家の中学2年生の娘と、小学校5年生の息子は理解できないだろう。 今私の目の前の紙で、バンドブーム時代の奇抜な格好をしている女性たちのご家族はどうなのかしら。 少し話を聞きに行くのも悪くない。 私は紙に書かれたメールアドレスに連絡をした。 自宅についた頃、返信メールが帰ってきていた。 「ご連絡ありがとうございます。 代表の内藤と申します。一度、お会いすることはできますでしょうか。」 私は2日後、近所のファミレスで内藤さんに会うことになった。 その日は、重い体を引きずりながらパートをしているスーパーで仕事をした。仕事は午前中3時間だから午後はフリーだ。 私は待ち合わせ場所に急いだ。 私は内藤さんの名前を店員さんに伝えると個室に案内された。このファミレスは、個室が3つ用意されていてPTAの会議でも良く利用している。 私は1番奥の部屋に入った。 そこには、私と同年代と思われる主婦が4人いた。 「はじめまして、山田と言います。」 「はじめまして、内藤です。 あちらが、川上さん、上越さん、高階さんです。」 「よろしくお願いいたします。」 内藤さんは、今回の募集の背景、活動内容など詳しく説明してくれた。 「私たちの目的は楽しみながら自治体を盛り上げること。山田さんが、興味があるならば是非参加してほしいです。 あくまでも趣味だから気楽な活動だしね。」 私は、参加を決めた。 血が騒ぐのである。 私はかつてバンドブーム時代に、バンドをしていたのだ。「紅」と書いて「べに。」というバンドだ。 結局人のコピーばかりしていて、ギター担当が学業優先になり解散したのだ。18歳の夏。たった1年の活動だった。 私はそれから、就職し、結婚、出産と一通りの人生の行事に追われてバンドなんてやっていたことすら忘れていた。 髪も服装もどうでも良くなり、楽な服ばかり着てメイクもあまりしなくなった。ぶくぶく太ったお腹を抱え毎日毎日、家の周りをぐるぐる回る私はハムスターみたいだと思うことすらある。 私は、ハムスターを卒業したい。 私は興奮したまま自宅に戻り、家事や育児をしていく。夕食の時家族に今日のことを話すつもりだ。 夕食を食卓に運んだ私は、家族に宣言した。 「私はロック歌手になります。」 家族は、口に運ぶはずの肉じゃがを皿に落としながら口を半開きにして私を見た。 なんでみんな表情が一緒なのかしら。おまけに顔まで似てるんだから。 「いいじゃん。母さん。」 「えっ。」 「私も賛成。イケてるよそれ。」 子どもたちは大賛成だった。 夫は、泣き出した。 どうも私の身体が心配で悩んでいたらしく、久々に元気を取り戻した私に嬉しさを感じたらしいのだ。 私はロック母ちゃんだ。 夢は、広がるばかりだ。
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