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今日は晴れている。
5月の風が私の包み気持ちまで晴れてくる。
「ふとん干さなきゃ。」
家族のふとんをすべて干す作業はたいへんだから、ついついさぼりたくなる。
私は自分のお尻を叩きながら家事をこなしていく。
何故なら今日はバンドの練習に参加させてもらうからだ。
練習は、公民館を利用している。
私の住む街は、スタジオを何個か持っている。
何代か前の市長が音楽が好きで、市民が安く利用できるスタジオを市の施設として買い上げたのだ。
私はスタジオに急いだ。
スタジオは、駅前の雑居ビルにある。
子どもが熱を出して緊急に見てほしい時に行った小児科が入っているビルだ。
駅前の駐輪場は混むから、久々にバスで行こうと思っている。バス停までは、徒歩で5分だ。
私は少し時間が早いけどバスに乗り遅れないように、家を出た。普段はクロックスと、ガウチョパンツで過ごす私は、久々にスカートをはき、濃いめのメイクにドクロのピアスと、ネックレスをしてみた。
若い頃、原宿の竹下通りまで、何時間もかけて買いに行ったものだ。当時の原宿には有名なアパートがあって、裏原宿という言葉が流行り、路地にはおしゃれな店があった。
私は路地が怖く竹下通りしか行けなかったが、竹下通りは宝のやまだった。
今みたいに、かわいいカフェや、雑貨屋さんのイメージと言うより当時流行りのロックな店が多く、
ダークなイメージのメイクをしている人がたくさんいた。あの人たちは今何をしてるのかしら。
私みたいなおばさんになっているのかな。
私はバスを待ちながらぼんやりと若い頃を思い出していた。バスは、5分遅れで私の前に停車した。
車内は空いていたから1番後の席に座った。
この街の店はコロコロと変わる。
私が3か月くらい前に来た時はドラッグストアだった場所が、今はケーキ屋に変わっている。
私はこの街に10年くらい住んでいるけどもう引越してきたときの町並みは思い出せない。
バスは、駅のロータリーに着いた。
私はバスを降車しいよいよ、スタジオに向かう。
ワクワクしている。
血が騒ぐ。
スタジオの入口を入り、内藤さんから連絡があった部屋番号B21に向かう。
このスタジオは、カラオケBOXを改装し、フリースペースとして貸し出している。
会議や、会合で利用する人も多いようだ。
無料のドリンクコーナーまである。
私はB21の部屋に入った。
まだ、内藤さんと川上さんしかいない。
「おはようございます。今日からよろしくお願いいたします。」
「おはようございます。」
「おはようございます。」
「みんなが来てからあらためてメンバーは紹介するね。みんな来るまでゆっくりしていて。」
「あのこのスタジオの費用とか、活動費用はどうしたら良いですか。」
「心配しないで。今日はいらない。私たち1ヶ月事の精算にしているからその都度支払う訳では無いの。」
約束の時間には、他のメンバーも揃った。
それぞれに挨拶をした。
「じゃ、早速はじめるね。まずは今日から山田さんがメンバーとなりました。簡単に楽器を演奏しながらメンバーを紹介していくね。」
そういうと各持ち場にみんな移動した。
「ドラム担当は、上越さん。」
上越さんは小柄で、服装は花柄のキュロットとピンク色のシャツに真珠のアクセサリーをしていた。
上品な人だったのでドラム担当と聞いてびっくりした。
上越さんは、ドラムを演奏した。
身体の大きさと、ドラムを叩く力強さが反比例していた。この音だ。私が好きだったものは。
上越さんは、もともと音大出身のピアニストだ。
ご実家が裕福で大学を卒業後、すぐに家庭に入ったらしい。ご主人は、ご実家の稼業を継いでいる。
子どもは一人でもう成人している。
このバンドに入った理由は、自分の破壊のためという割りと悪魔な答えを聞きまたしてもびっくりした。
「続いてベースの高階さん。」
高階さんは、細身のジーパンにロックな顔がプリントされたシャツを着ていてポニーテールがよく似合うクールな女性だ。
ベースの低い音がクールな高階さんをより引き立てる。
私生活は、男の子をふたり育てるシングルマザーだ。ご主人は事故で他界されていて2年前からバイトを掛け持ちしながら生活をしている。
バンドを始めた理由は、息抜きをしたいかららしい。
「次は、ギターの川上さん。」
川上さんは、いわゆる主婦という見た目をしていて私と同じ匂いがしていた。
しかし実際の川上さんは、介護施設でバリバリ働くケアマネジャーさんだ。
エレキギターの独特の音をまるで遊んでいるみたいにジャージー姿でかき鳴らす。
お子さんは3人いて中学校と小学校にそれぞれ通っている。
最後は内藤さんだ。
内藤さんは、八百屋の経営をしている。
ご主人はサラリーマンで、八百屋は自分の趣味らしい。みんなに新鮮な野菜の美味しさを知ってほしいから営んでいるそうだ。
このバンドを立ち上げたきっかけは、世の中を元気にしたいから。
「おばさんだって張り切れば、何でもできるのよ。だから、負けないで人生楽しんでほしいのよ。」
スウェットにクロックスを履いている内藤さんにお子さんたちは、ヤンキーを卒業できない中年と言われているらしい。5人のお子さんのママだからたいへんだろうけど彼女の目は生き生きとしていて素敵だ。
「では、最後にエックスの紅を弾きます。
聴いてください。」
私の大好きなエックスジャパンの曲だ。
私は演奏を聴きながら涙が止まらなかった。
いつから忘れていたのだろうか。
この感覚。
身体が震える。
「次は山田さん自己紹介と、何か歌ってほしいんだけどできる。」
私は少し緊張したが、エックスのエックスと言う曲を歌った。私の歌に合わせてみんなが演奏してくれた。
途中エックスジャンプをした。なんてことはない。手をクロスしてジャンプするのだ。
人前で歌うなんてはずかしいと思っていたけど、やってしまえば楽しかった。
私は、別の世界の扉を開いたのだ。
夢の世界。よしきさんのいる世界だ。
嬉しさでいっぱいだ。
翌朝の朝食の時、夫に寝ながら何か叫んでたぞと言われるなんてこのときの私は想像していなかった。
私は夜中いきなり「紅だー。」と叫びながら跳ね起き、そしてまた何事もなく寝たらしいのだ。
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