更年期バンド、バンパイア

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私たちは、週に1回のペースで練習をした。 久々に声を出して見ると、声が低くなったと感じた。 小学校では、ソプラノの声がきれいだと先生が言っていたのにお酒を飲みすぎたのかしら。 歳がこんなところまで私を老けさせるなんて、改めて45歳ってことを実感してしまう。 「蝋人形にしてやる。」 私は聖飢魔IIの歌を風呂で口ずさむ。 デーモン閣下は、本当に悪魔なのかもしれない。 歳をとっても素敵な声がでる。 私がシャウトしたその時、お風呂の扉が、ガバっと開いた。 「お母さん、どうしたの。心臓苦しいの。」 娘の彩夏が、必死な形相で立っていた。 私は、状況がわからず固まった。 うしろから、息子の崇がスマホを持ってやってきた。 「ねぇちゃん、父さんからのライン見て。」 息子が見せたスマホには、聖飢魔IIの動画が貼付されていた。コメントつきで。 「母さんは、悪魔になったのさ。」 娘や息子に病気だと勘違いされ、残業中の主人に連絡をされたのだ。 私は、悪魔になったのだろうか。 帰って来た主人に笑われた。少しイライラした。 翌日はまた練習に行く。 楽しみだ。 「おはよう。」 「おはよう。」 「今日は、クッキー焼いてきたから食べて。」 「おいしそう。」 私たちは、おやつを食べたあと音をあわせた。 今練習中の曲は、ルナシーのROSIERだ。 ボーカルの隆一さんの伸びやかな声を私がどれだけ自分の世界として表現できるのだろう。 歌えば歌うほどわからなくなる。 「みんな、お互いの音を感じて。」 内藤さんの言葉は心に刺さる。 最近人に無関心な人が増えている。 スーパーで歩きスマホしている人にぶつかられた時、誤りもせずに立ち去られた。 皆が皆を感じれる世の中になってほしいな。 私たちは何度も何度も音をあわせる。 1回目より良くなるように。2回目よりも良くなるように。私は歌い方を変えたりキーを変えたりしながら歌う。 予定の2時間なんてあっという間に過ぎていく。 「課題はあるけど今日のベストはできたかもね。」 「うん。私のドラムはさ、シンヤさんみたいなリズムは難しいから女性の強さを表現したいけど難しい。」 「ギターもそうだよ。遊びが足りない。真似じゃなく、私達の音にしたい。」 「ベースの音厚くしたい。」 それぞれの課題を持ち帰り私たちは日常に戻る。 今日は、夕飯何にしようかしら。 私はスーパーで買物をしながらメニューを決めていく。豚肉が安いから、とんかつにしようかしら。 でも、鰆の西京焼きもおいしそう。 お野菜が足りないからサラダも作りたいし、身体が冷えないように味噌汁もつけなくてはならないわ。 スーパーに行くとあれこれついつい買いすぎてしまう。私は両手にエコバッグをぶらさげ帰宅した。 玄関もリビングも子どもたちに汚されている。 脱ぎっぱなしの靴を片付け、落ちている靴下を洗濯機へ持っていき、食べこぼしを掃除する。 デーモン閣下もお掃除するのかしら。 私は怒りを感じた。 「蝋人形にしてやるー。」 大声で息子と娘に叫んでやった。 ふたりともびっくりしたようだった。 私はそれから夕飯を作った。 米を炊飯器にセットして、豚肉に下味をつけ、包丁の背で叩きながら柔らかくし、衣をつけて揚げていく。あがる間にサラダや味噌汁を作る。 私は、その間もROSIERを歌いながら練習する。 かっこよく歌うって難しい。 私の訓練はしばらく続いていく。
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