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 悠人の毎日の食事は、母親が部屋のドアの外まで運んで来てくれていた。母親は何も言わずドアを「とんとん」とノックし、食事を乗せたトレイをドアの前に置いておく。引きこもりになったばかりの頃は、「朝食よ」「夕食よ」くらいの声はかけていたのだが、悠人からの返事がなかったため、そんな言葉すらも発しないようになっていた。  食べ終わったあとはトレイをドアの外に出しておけば、頃合いを見計らってまた母親が1階へ下げてくれる。つまり食事に関しては、悠人は心配することはなかった。だが、それ以外の生理現象、風呂やトイレなどについては、悠人も「どうすべきか」と考え込んだ。  風呂もトイレも1階にしかなく、つまりどちらかを使いたい時には、家族のいる1階まで降りて行かなければならない。風呂はまだ、誰にも会う機会がないので毎日入る必要もないし、家族全員が出払った頃を狙い、急いで体を洗えばいいと思っていたが。トイレばかりは、催す時間が定期的に訪れるというものでもなく、家族のいる時間に1階まで降りて行かなければならなかった。  最初は小便だけなら、家の中にある空き瓶を部屋に持ち込んで、それにすればいいかもと考えたのだが。何本か小便をした瓶が溜まったところで、さすがに部屋の中に臭気が充満してきて、このアイデアはボツにせざるを得なかった。  ならばやはり、家族の誰かと遭遇するのを覚悟で、1階まで行くしかないと、階段を降りた後は出来るだけ速足でトイレに向かい、用を足したらまた速足で2階まで戻るという毎日を繰り返していたのだが。そこで悠人はふと、2階にある狭い物入れ用の部屋のことを思い出した。  1階からの階段を上がると、幅2メートルほどの狭い廊下があり、その右手に悠人の部屋、美月の部屋、そして物入れの部屋が並んでいる。部屋の反対側は壁になっていて、あとは廊下の突き当りに窓があるだけの、完全な子供部屋用の2階として使われていた。  姉の美月は、小学校の間はまだ我慢していたようだが、中学生になって悠人が部屋の中で昆虫の標本を作るようになり、両親に「弟の部屋が臭い」と訴え始めた。
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