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 悠人はスマホで昆虫の標本作りに関する情報を集め、それに必要な道具類も検索した。本来なら標本を飾るケースなども欲しいところだが、そこまでの金は手元にない。元々引きこもり生活が続いていて、滅多に小遣いなど欲しがることもなかっただけに、母親に言えば「この子もやっと、外に出かける気になったのかい」と、ある程度の金額はもらえたのだが。それでもやはり、出来るだけ資金は節約すべきだろうと思えた。  姉の美月が登校し、父親も会社に出かけ、母親も買い物で外出した後。家に1人きりになった悠人は、辺りを伺うようにしながら、本当に久しぶりに家の外へ出た。学校に通っていた頃の記憶を辿り、文房具屋に行って標本を作るためのピンやピンセットを買い込む。外出は出来る限り避けたいので、この1回で買えるだけ買い込んでおかなくてはならない。通常なら学校で「授業をしている時間帯」なので、店の店員はいぶかしげに悠人を見つめていたが、目深めに被っていた帽子を更に下げ、顔を見られないように苦心しながら店を後にした。  速足で家まで駆け戻り、玄関のドアを開け、後ろ手にバタンと閉める。それでやっと、少し気分が楽になった。玄関から出たその後は、ほとんど息を止めていたような気がしていた。何か、目に見えない邪悪な存在が周囲を覆い尽くし、悠人の体を圧し潰してしまおうとしているのかとすら思えた。吐き気を催しそうなほどの不快感に包まれながら、なんとか階段を登り、自分の部屋へと飛び込んだ。  そこでようやく、喉元までこみ上げていた不快感が収まった。やっぱり、外出するのは最低限の場合にしておこう。ただ家の外に出るだけならまだしも、店に行って人と会話するとか、とても無理だ……。悠人は、自分が完全なる引きこもり体質になってしまったことを、再認識した。  とりあえず、買って来た道具類を机の上に並べ。それから悠人は、標本にするための「昆虫探し」を始めることにした。
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