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 こうして悠人は、家の中に誰かがいたとしても、悟られることなく2階の部屋から地上に降り、林まで行って昆虫を探すことが出来たのだ。虫かご代わりの小さなダンボールに細い紐を通し、肩から下げて雨どいを降り、家の敷地から数メートルと離れていない林へ向かう。引きこもりにしては随分と「積極的」な行動とも言えたが、もちろんこれは、誰の目にも触れていないと確信していたからこそ出来た行動だった。  蝶々や蛾、カナブンやカマキリ、体長数センチの小さなトカゲまで、悠人は見つけた虫や小動物の類を片っ端からダンボールに入れ、自室まで持ち帰った。そして、一番最初の「標本」となった蝶と同じく、下敷きを机の上に置き。そこに接着剤を垂らして、捕まえた生き物を1匹ずつ慎重に、接着剤に付ける。生き物の足が完全に接着したと思えたところで、悠人は左手でその生き物の胴体を押さえ。そして、背中に「ズブリ」とピンを刺した。  ピンの先が、生き物の体の中に、突き刺さっていく感覚。それを、ピンを持つ指先で感じることが、この上ない快感を悠人にもたらした。生き物は自由の効かない足をじたばたと動かし、精一杯の抵抗を試みようとするが、悠人の手から逃れることは不可能だった。その思いが、悠人に更なる恍惚感を覚えさせていた。  悠人ははやる気持ちを抑え、なるべく一気に突き通してしまわぬよう気を使いながら、ゆっくり、ゆっくりと、ピンを生き物の奥へと刺し込んでいった。やがてピンの先が生き物の体を貫通し、下敷きに「かつん」と当たる。それでもまだ生き物は、そこから逃れよう、「生き延びよう」ともがいているが。しばらくすると、全てを諦め始めたかのように、動きがゆっくりになっていき。そして、悠人の目の前で、静かにその動きを終えていった。  それはあたかも、自分より大きな存在を前にして、抗うことを無駄だと悟ったかのような。自分はこの大いなる存在の言いなりになるしかないのだと、認識したかのような。悠人には、目の前で小さな命の火が燃え尽きていくその様を、そんな風に感じ取っていた。自分は、このか弱い生き物たちの命運を握る、絶対的な「支配者」なのだと。
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