3/4
前へ
/109ページ
次へ
 だから両親が郊外の一軒家に引っ越し、美月と悠人に「それぞれの部屋が与えられる」と知った時には、悠人は救われた思いだった。引っ越したあと、それまでのように悠人をかまえなくなった美月は、次第に弟に興味を無くし。自分を持てはやしてくれる学校生活へと興味の中心をシフトさせていった。まさに悠人にとっては願ったり叶ったりの姉の心境変化であり、これもまた悠人の引きこもりを促進する要因のひとつになっていたことは間違いない。自分の部屋に閉じ籠っていれば、姉も容易には自分に「手を出せない」のだから。  こうして家族から自然とスルーされることになり、悠人の引きこもり生活はますます充実していった。部屋の中の標本は日に日に増えていき、古いものは奥の物入れに収納して、自室には新しいもの、そして「お気に入り」のものを並べることにした。そして、美月が高校に進学し、悠人も本来なら中学に入学する年齢になった頃。1階のトイレへもある程度自由に行けるようになっていた悠人は、「風呂もなんとかならないか」と考え始めた。たびたび裏の林まで行き来し、天井裏に潜る頻度も増えたことで、さすがに体の汚れを気にすることも多くなっていた。  風呂場に行くなら、2階から風呂場の前に降りるより、ドアを一枚隔てた脱衣所に降りる方がいいかもしれない。その下準備として、悠人は物入れから降りた天井裏の数か所に、小さな穴を開け。そこから下を除いて、その位置が「1階のどの場所にあたるか」を確認出来るようにした。つまり、天井裏を伝って風呂に行く際に、迷わずに風呂の上まで行くための環境を整えたのだ。  天井裏は2階床下の格子から1階の天井までの高さが50センチくらいで、悠人の細見の体なら、それほど苦労することなく匍匐(ほふく)前進のような形で移動することが出来た。ただ、全体重を天井にかけるのはさすがに危ないと思えたので、1階の天井の方の格子に上手く体重をかける必要はあったのだが。これも悠人の身の軽さが、そういった行動を容易にしていた。
/109ページ

最初のコメントを投稿しよう!

13人が本棚に入れています
本棚に追加