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この壁際にいても、校舎の中で鳴っている非常ベルの音は聞こえてくるが、それほどやかましいというわけではない。そのせいか、近隣の住人が学校の方を伺っている様子もなさそうだ。悠人は「今の内に」と考え、壁を一気に乗り越えると、そこでもう一度大きく深呼吸をして、そこからはあえて「ゆっくりと」歩き始めた。
ここで焦って走り出したりしたら、それこそ「何かから逃げている」ように思われる。ここは、普通にゆっくりと歩いていた方が目立たないはずだ。そして、決して後ろを振り返らない。もしパトカーとかが、サイレンを鳴らしながら学校の方へ走っていったら「何があったのかな」みたいな感じで目で追うくらいはいいが、そこで緊張した素振りなどするのは厳禁だ。あくまで自分は、「ただ、夜道を歩いている少年」。歩く速度を速めることなく、緩めることなく。真っすぐに我が家を目指せばいい。
この「ゆっくりと学校を後にする」作戦が功を奏したのか、悠人は誰にも呼び止められたりすることなく、家へと帰り付き。裏手から雨どいのパイプをつたって、自分の部屋まで戻ることが出来た。窓から部屋に入った途端、さすがに「ふう~……!!」と大きく息をついたが。幸い、家族にも外出を悟られた様子はない。例え気付いていたとしても、自分の行動は「スルー」されるだろうという確信があった。
少し気持ちを落ち着けてから、悠人はリュックの中からエーテルの瓶を取り出し、改めてしげしげと見つめた。今はまだ、これで小動物の標本が作れるという思いより、自分でこれだけのことを成し遂げたという達成感の方が、遥かに上回っていた。
それゆえに悠人は次の日からすぐに、裏の森での「狩り」を始めようとはせず。どんなワナを仕掛けたらいいか、そしてその際に使う木の槍をヤスリで更に尖らすなどの「下準備」に専念していた。しかしやがて、悠人の中の膨れ上がった自意識は、悠人に命じ始めた。準備を終えたならば、それを「実行」すべきだと。
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