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悠人はコンパスを右手に持つと、先ほどシャープペンの先を押しつけたあと、まだ少しへこんでいる皮膚の部分に、その尖った先端を「ぐりっ」と押しつけた。
「ぐっ……!」
シャープペンの時よりも、明らかに激しい痛み。しかし、今回はそれをある程度予想していたので、先ほどのように声をあげることなく、わずかに呻くくらいで耐えることが出来た。そして。
コンパスの先を、そっと腕の皮膚から離すと。離した箇所から「ぽつん」と、赤く丸い、小さな点が浮かび上がった。それが自分の「血」だと認識できた時、悠人の背中を例えようのない感覚が走り抜けた。それから、皮膚の上に浮いた赤い点を、「ぺろり」と舐めてみる。舐めることにより赤い点は消えたが、少しするとまた、恥じらいを秘めて顔を覗かせる乙女のように、また「ぽつり」と赤みが浮かび上がって来た。
この一連の行為は悠人を瞬く間に虜にし、行為によってもたらされた言い知れぬ「快感」を、もっと味わいたくて。悠人はコンパスを腕の他の部分、そして肩や胸、太腿など、数か所に渡って刺しまくった。それを「自傷行為」と呼ぶことすら知らなかった悠人が、独自で思いついた「自分が生きていることを、確かめる術」だった。
その日以来悠人は、暇さえあれば自分の身体のどこかをコンパスで刺していた。一番痛みを感じないのは尻だったが、尻に刺しても赤い点を見るのは鏡でも使わないと困難だし、第一痛みを感じないと行為による快感も削がれるのだということを自覚させられることになった。自分自身に痛みを与えることで、得られる快感。それを、他人と接することがなくなり、いじめに遭うこともなくなった悠人が見つけ出したというのは、大いなる皮肉のようにも思われたが。
そして、コンパスによる自傷行為を続けていた悠人は、ある時ふと考えた。自分はこの行為により快感を得ることが出来るが、「他の人」はどうなんだろう。他の人もこんな風に、痛みを快感と感じることがあるんだろうか……? と。その新しい思い付きは、悠人を夢中にさせた。何もなかった悠人の目標に、曲がりなりにも「ひとつの目標」が生まれた瞬間だった。
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