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 2階にある悠人の部屋は、窓が家の裏手にある山林に面しており、夏場などは虫が入ってくることも多かった。隣の部屋にいる姉の美月は、うかつに窓も開けられない、なんとかして欲しいと両親に度々訴えていたが。悠人は特に気にすることもなく、部屋に引きこもるようになってからは更に、それもまた自分の日常なんだと受け入れるようになっていた。虫のわずらわしさより、新しく覚えた自傷行為に夢中になっていたとも言えるのだが。  そんなある日、悠人は少しだけ開けていた窓の隙間から、一匹の蝶々が入り込んで来たことに気付いた。部屋の中を飛び回ったらさすがに悠人もウザいと思って追い払おうとしただろうが、蝶はそのまま窓のレールの上で、羽根を閉じてじっとしていた。  悠人はなんとはなしにその蝶を見ていたのだが、ふと「ある衝動」に駆られ、慎重に窓際にすり寄ると。右手を上げ、そろりそろりとその指先を蝶に近付け、閉じていた蝶の羽を「はっし!」と捕まえた。蝶はその短い足を空中でバタバタと激しく動かしてもがいていたが、悠人の手から逃れる術はなかった。  悠人はもがき続ける小さな命を、しばらくじっと見つめ。ふと思いついて、右手の先で蝶の羽根を持ったまま、左手で手探りをするように、机の引き出しを開けた。そこに、自分の求めるものがあるはずだった。  ……あった。  悠人は自然と「ニヤリ」という笑みを口元に浮かべた。そして、長いこと使っていなかった塩化ビニルの薄い下敷きを、机の上に置いた。右手の蝶は、バタバタ、バタバタ! と足の動きを繰り返し、なんとか羽根を動かそう、悠人の指から逃れようという「意志」が、指先から伝わってくる。それを横目で見ながら、悠人は引き出しから取り出した接着剤の蓋を口にくわえ、中身が唇に付かないよう気を付けながら「ぐりっ」と回し。その中身を、下敷きの上に垂らした。  細い帯状に垂らした接着剤の上に、蝶の足をそっと近づける。バタバタと動いていた蝶の足は、接着剤に触れた直後はまだ動いていたが、やがてその動きが緩慢になり、接着面から離すことが出来なくなった。
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