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 蝶の足が完全に動かなくなったことを確認してから、悠人は羽根を掴んでいた指をそっと離した。もしかしたら接着面が少なく、羽ばたく力の方が強くて、蝶はそのまま飛んでいってしまうかもしれない。そんな思いで、ドキドキを胸を高ならせながら。  しかし蝶の足は下敷きに固定されたかのように、そこから動けなかった。懸命に羽根をバタバタとさせ、足を必死に伸ばすものの、接着面は下敷きから離れてくれなかった。……よし。悠人は先ほど思いついた「素敵な考え」を、実行に移すことにした。  悠人はバタバタとはためく蝶の2枚の羽根を、左右両側から掴んだ。そして、左手はそのまま動かさず。右手だけを、右側の羽根を掴んだまま、「びいっ!!」と引っ張った。  羽根は蝶の体からもぎれ、何か淡い緑色の液体が、そのもぎれた箇所から染み出してきた。蝶は先ほどよりも更に激しく、接着された足と悠人の左手に掴まれたもう片方の羽根を動かしている。その「苦しみもがく様」は、悠人の左手にダイレクトに伝わった。それは間違いなく「快感」であることに、悠人は気付いた。  自分の手の中で、もがき苦しみ、そこから逃れようとしている小さな命。だがどんなにもがこうとも、そこから逃れることは出来ない。しかも羽根を片方もがれてしまった以上、例え足を下敷きから離すことが出来たとしても、もうこの蝶は「飛び立つ」ことが出来ないのだ。  そこまでの過程を、自分自身でやった。自分だけでやり遂げた。それが、悠人が快感を覚えた理由だった。自分とは別の命をこうして弄ぶことは、なんと楽しいことか。抵抗しようともがく命を「神の視線」で見ていることで、これほどの快感を得られるとは。  そこで悠人は、「……なるほど」と思い立った。自分を毎日毎日執拗にいじめていた、クラスの連中。あいつらは、こういう「快感」を感じていたんだ。ひ弱で内気で言い返すことも出来ない自分を見て、これ以上ない楽しみを覚えていたんだ、と。
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