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間も無くSNSのアプリが開き、ページが表示された。小柄で、穏やかな笑顔を浮かべた女の写真が目につく。
あまり詐欺っぽくない、というのが基弘の第一印象だ。
寂しいオヤジをひっかけるつもりなら、もっと若くて艶やかな女の写真を載っけるんじゃないだろうか?
見た感じ六十代前半、と言う所で、「餌」としては年が行き過ぎている上、顔立ちがあまりに地味なのだ。
優しそうな目つきと豊かな頬の肉付きが敢えて言うなら特色だろうが、獲物を誘い込むパワーに欠ける。はっきり言えば役不足。
なら、基弘が昔つきあった女かどうか、見極められるかと言うと……
これまた、思いのほか難しい。
人の顔を覚えるのが基弘は苦手である上、彼の記憶の中にある女の顔も特に個性的ではなく、具体的な印象に乏しいのだ。
まぁ、そこが似ていると言えば、似ているのか?
しばらくボウッと基弘はスマホを眺め、結論が出ぬまま、SNSの過去ログを順繰りにスクロールしていく。
どうやら『友達申請』の彼女、園芸が趣味らしい。
アパートのベランダでもできるプランター栽培の様子や開花した鉢植えの写真、作業中に気付いたコツ等を、ネット上で投稿し続けている。
又、彼女が夫と一度、死に別れている事もわかった。
基弘の妻と同じ、がんが死因だ。もっとも日本人の死亡者の内、三割くらいはがんで亡くなっているそうだから、特に因縁めいたものは感じない。
その夫とは親戚の紹介による見合いで結ばれたと言う。
岡山市でOL暮らしをしていて、心を惹かれた男性もいたらしいが、親の体調が悪化した為に兵庫の実家へ戻らねばならず、親戚の勧めで見合いをしたのだと言う。
そう言えば、基弘が昔、つきあった女も姿を消す前、実家が大変なのだ、とこぼしていた様な……
あれは優柔不断な基弘を急かす、彼女なりの駆け引きかと思っていた。だから当時は明確な態度を示せず、その内に彼女が会社を辞めてしまったのだ。
辻褄が合う。
やっぱり、このフェイスブックの女が基弘の昔の彼女なのか。
再会を想像すると久々に胸が弾んだ。
失敗に終わった筈の人生に、まだ続きがあるのだろうか?
震える指で、更にページをスクロール。すると一際背が高く、鮮やかなピンクの蕾みを多数持つ植物の写真が現れ、基弘は目を剥いた。
皇帝ダリアだ。
咄嗟に、我が家の花と窓越しに見比べてみる。
同じ位の背の高さ、色合いも同じ。それに狭い庭をやりくりし、中央にこしらえた花壇の造りだって……
いや、共通点が多すぎる。これちょっと似過ぎてねぇか?
そう思った途端、基弘は不安になった。
怪しい。
二時間ドラマで扱うような、安っぽい陰謀の匂いがする。
例えば、だ。彼女はこの家の住所を既に知っており、近くまで来て庭の様子をチェックした後、SNSを介して共通する話題を見せつけ、親近感を演出。基弘の油断を誘おうとしたのでは?
でも、だとしたら何が狙いだろう?
定年退職者から老後の蓄えを狙う詐欺師の巧妙な計画じゃろか?
でも、そいつは……幾ら何でも、大袈裟過ぎる気がした。
詐欺師でも普通、ここまで面倒臭い真似はしないよな。
俺じゃなくても世に寂しいオヤジは溢れとる。金を奪うだけなら、もっと気楽に騙す手が有るし、リッチな標的が幾らでもいる筈。
やっぱり三枝の悪戯か?
そう言や、あいつ、前に会社のOB会を表八ケ町の飲み屋でやるとか、俺に声を掛けて来た。え~、去年だったかな? 一昨年?
うん、はっきりせんけど、いつぞやのお盆じゃのう。でれ~、面倒臭うて出席せんじゃったが……
あの時、もしアキコが同期会に顔を出し、俺との過去を三枝が耳にしたなら、つまらん小細工を思いついた可能性は有る。
ああ、そうだ。昔の彼女をダシに俺をからかうなんざ、如何にも奴がやりそうな事じゃねぇか。
でも、もし、あいつなら……
ふと視線が宙を彷徨い、基弘は小さく首を左右に振った。
頭の芯が変に疲れる。年のせいか、どうにも集中力が続かない。
乱れていく記憶の辻褄を合わせようとする内、意識のあちこちが、いつもの、あの白い靄に包まれていく。
畜生、考えがまとまらねぇ!
苛立ちと困惑で座っていられず、基弘が仏壇の前から立ち上がった時、庭の外でガサリと物音がした。
誰かが生垣に触れている。
あの、隣の厄介な黒猫ども……いや、飼い主の爺さん自身だろうか?
皇帝ダリアが揺れている。
誰かが又、基弘と彼の妻が一緒にこしらえた大事な庭の中を、二人の思い出を、土足で踏みにじろうとしている。
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