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目の前には穏やかな海が広がっている。いくつもの小さな白波がリズムを刻んで順番に顔を覗かせては消えていく。
燦々と降り注ぐ太陽の光に反射する水面は、まるでコバルトブルーの切子グラスのようにキラキラと輝いている。
はるか彼方の地平線からやって来た波の終着駅は、真っ白な砂浜だ。指の間からさらさらとこぼれ落ちる微細な粒子たちに不純物は全く混じっていない。
きめ細かな白砂の上に一定間隔で並んでいるのは小指の爪ほどの桜色の貝殻たちだ。暗く深い海の底から運ばれてきたそれらは、飛行場の誘導灯のごとく波打ち際から内陸に向かって列を成す。
その先には大きなシュロの木が一本、細い幹をわずかに湾曲させて立っている。てっぺんにだけ茂っている深緑の葉が柔らかな海風にそよいで、うまい具合に木陰を作っている。
丁度いい。ここにビーチチェアーを置こう。リクライニングの角度も自由自在だ。大好きなビールと、分厚い文庫本が一冊あればそれでいい。
この小さな島にいるのはたったひとり、僕だけだ。
「完成しました」
僕は軽くうなずくと、得意げに顔を上げた。
フレームのない眼鏡をかけたスーツ姿の男性がにっこりと微笑んだ。
「まずこれに答えてください」
彼は一枚の紙を差し出した。
『箱庭の記録用紙』と書かれたその紙には、僕が作った作品に関する質問がいくつか書かれてあった。
記録用紙を記入している間も、僕は上目使いで時々彼の表情を確認した。彼は大きなテーブルの上に置かれた箱庭の周りをゆっっくり移動しながら、まじまじと僕の作品を観察していた。箱庭の中に自由におもちゃを入れて思うままに作っていいと言われたので、気の向くままにやってみたのだが、何かおかしかったのだろうか?
箱庭の正面で振り返った彼は、僕の目を見て優しく尋ねた。
「これはどこですか?」
「僕だけの南の島です」
「ほう、自分だけの島ですか?」
「はい」
「他にも色々な人形や動物、海に関係するミニチュアグッズが沢山ありますが、あまり使用しなかったのですね」と、彼は壁際の棚をちらっと見た。
どう答えたら良いのか迷った。彼は目じりを下げて僕が口を開くのを待っているようだった。
「これで充分だと思ったので……。邪魔な物は除きました」
彼はそれ以外にいくつか質問をしてきたが、なんだか答えるのが億劫になった。記録用紙を見ればわかるだろう。
口ごもっていると、彼は僕の作った箱庭の写真を撮った。
「では、次回この島について詳しくお話を聞かせてくださいね。今日はこれで終了です。お疲れ様でした」
彼は視線を部屋の隅に移した。微動だにせず座っていた屈強な体躯の白衣を着た男性がすっと立ち上がり、僕に近寄ってきた。
「では部屋に戻りましょう」
気がついた時には、僕はこの施設で生活していた。どうして僕はここにいるのだろう? 白く長い廊下を歩きながら、記憶の端っこをつかんで無理矢理引っ張り出そうとした。
初老の男女が立っている。それともうひとり、僕と同じ年くらいの男性もいる。彼は僕と違って背が高くほっそりとしている。三人とも硬い表情で僕ににじり寄ってくる。さらに真ん中の初老の男性が恐ろしい形相でなにかを叫び始めた。しかし、僕には全く何も聞こえない。映像の画質は粗くて、まるで古いモノクロのサイレント映画を見ているようだ。
ああ、気分が悪い。また頭が割れるように痛くなってきた。そうだ、さっき僕が作った南の島に行けばいい。邪魔者は誰もいない。だってあの島は、僕ひとりだけのユートピアなのだから。
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