3.中学二年の思い出

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 遠足を翌日に控えたその日も学校帰りに書店で立ち読みしていた。この店の店員はやる気がないのか奥のレジでいつも居眠りをしている。立ち読みし放題だった。 (遠足なんかなきゃいいのに。面倒だな)  いい加減本を読むのにも飽きてきて書店を出て大きく伸びをする。 (あーあ、帰るかぁ)  ふと書店の二階を見上げると窓が開いていた。レースのカーテンがかかっており中は見えない。だが次の瞬間、風の悪戯でふわりとカーテンが持ち上がった。 「あ……」  思わず声が出る。カーテンの向こうには女の人がいた。女性はひとりぼんやりと窓の外を眺めている。年の頃は二十代後半あたりか。陶磁器のように白い肌と長い黒髪が見事なコントラストを生み出している。黒目がちの瞳は大きく見開かれ、少しぽってりとした珊瑚色の唇はまるで何かを乞うかのように僅かに開かれていた。彼女は私の無遠慮な視線に気付いたようだ。 (やば、目が合っちまった)  女性は私を見下ろして、とろりと笑う。心臓がドクンと跳ねた。頬が熱くなるのを感じながら慌てて逃げ出す。 (誰なんだろう。あの本屋の娘さんなのかな)  店内であんな女性に会ったことはない。でもあの家の娘だと考えるのが自然だろう。誰かに聞いてみたかったが生憎そんなことを聞ける相手もいない。帰宅してご飯を食べている時も風呂に入っている時も彼女の姿が脳裡から離れなかった。ひょっとしてこれが初恋ってやつなのか? いや待てよ、と私は首を横に振る。相手は自分より一回りぐらい年上だ。そんな年上の人に恋するなんてあり得ない。私は自分にそう言い聞かせ布団に潜り込んだ。
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