わたしとわたくし

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わたしとわたくし

ほぉぉぉう。 わたしの感覚的には、ブレンド茶って感じのお茶は。 抹茶に風味が近い。 緑茶を好んで飲んでいたのか?と聞かれたら、全然なのに。 なんでかな。この緑色のお茶は、すごく落ち着くわ。 ひと口だけのつもりが、すっかり飲み干してしまった。 「皐月お嬢様。お着換えを先にいたしましょうか」 カップを両手で包んだままのわたしは、鏡越しに侍女を見る。 労わるような口調に視線。わたしを心配してる? そうよ。 いつものように・・・。わたくしを心配してくれているんだわ。 焦点があっていくような感覚がして。 「(せり)」 唐突に彼女の名前を思い出す。 そう、そうだわ。彼女の名前は芹だった。・・・どうして今まで思い出せなかったんだろう。わたくしが小さいころから仕えてくれてて、姉のように思っているのに。 「はい。皐月お嬢様」 優しく返事をしてくれて。わたくしはほっと笑い返す。 ・・・芹って植物の名前ね。サツキは五月のこと? この国の言葉はもちろん日本語とは違うのに。 不思議なことに。 人の名前だけが、日本語で発音されてるみたいに聞こえる。 この国では。名前とは代々受け継がれていくもの。自分の祖先が使っていたそのままを自分の名前にするの。 だから、古語の発音なのだと学園で習ったわ。 他国の人には、難しすぎる発音だから。わたくしたち皇国人は、他国で名乗るため用に別の名前も持っている。 留学生だった隣国の王子殿下は、本当の名前を呼ばせてほしいと仰ったっけ。 ずいぶんお上手な発音だったけど。それでも【さっき】と聞こえてた。 ・・・そんな不便な名前付けなくてもいいのに、ってわたしは思うけど。 代々受け継がれたものを自分の名前としていただくのよ?少しくらいの不便がなによ! わたくし、のほうは、ちょっと怒ってる。ふふふ。変な感じ。 芹は、わたくしを着替えさせてくれた。 7、8歳は年上かなぁ。 「お嬢様、はい右手。はい左手をとおして」 訂正する!きっと10歳以上年上だわ。 すっかりわたし、子ども扱いされてるもの。 「朝食は居間にご用意いたしましょうね」 扉の向こうは・・・わたくしの居間だわ。 芹と一緒に入った、寝室よりもっと広い部屋に。・・・今度は見覚えがあった。 ご友人がここへ来たことがあるわ・・・。殿下も・・・。 目についた大きなソファへ。とすん、と座ると。芹は不思議な顔をした。 その顔を見て・・・思い出す。 いけない。 こちらは、お客様が座るんだったわ。わたくしがいつも座るのは反対側だわ。 今更動くのも変かなぁ。どうしよう、と悩んでいると。 彼女は困惑しながらも、ワゴンから朝食をセットしてくれた。わたしの前に。 温かい朝食を食べながら、またぼうっと考えこむ。 「皐月お嬢様?」 ・・・芹も、またわたくしを呼ぶ。 「なにかしら。(せり)?」 「大丈夫でございますか? ・・・ぼんやりされておいでですわ」 すごく悲しそうな芹の表情を見て。 また。思い出す。 そうだったわ! 彼女はわたくしの悪役令嬢な噂をすごく心配してくれるんだった。 ・・・先日の夜会キャンセルのことで。落ち込んでいると思ってるんだわ。 「何でもないわ。 ただ。・・・面白い夢を見たものだから」 その夢に引きずられている心地がするの。とても楽しい夢だったのよ。 にこにこと説明する。 「わたくしはひとりで暮らしていて。ひとりでお着替えもしていたし、お料理も出来たのよ」 わたくしの笑顔に。ほっとしたように芹は笑ってくれた。 「くすくす・・・夢と現実が一緒になってしまわれたのですか? けれど。お嬢様はワンピースならおひとりで着ることもできますし。お菓子作りだって最近では黙って見ていられますわ。それほどかけ離れた夢でもございませんわね」 デザートらしい果物をテーブルに乗せると、芹は時間停止の魔法を解除した。 !!!ま、魔法! ひゃっほぉうってわたしが叫びたくなってる。 やめてね!芹がびっくりしちゃうわ! ・・・そっか。そういうことね。 ワゴンに乗ったままだったスクランブルドエッグなのに。 食べたら、熱いくらいで。びっくりしたのよ! この世界は魔法の世界なんだわ!! 魔力。すごいわ!もしかしてわたしも持っているの? わたくしは地魔法が得意だわ。 ・・・自分で質問して自分で答えてる。変な感じ。 魔力というものは・・・貴族社会では持つのが当たり前で。 平民には、顕現しないとされてるわ。 もちろん例外はあるんだけれど。 それが、聖女とかヒロインなのかしら。 ・・・せいじょ?ひろいん? ううむ。どうも今のところ、そういう人物は居なさそうだわ・・・。 ひと口サイズに切りそろえられた数種類の果物は、冷たくって甘ぁい。 ・・・でも。 そうね。わたしのアパートで食べるなら、冷蔵庫に入れておけばいいんだもの。 本当に。 この世界とあんまり変わらないと言えなくもないかもね。   ・  ・ わたくしは地魔法が得意。 近隣諸国では、通常ふたつの魔法系統を鍛えていくものなんだけど。 この国では違う。 我が国では。ひとつの属性と、ひとつの特殊魔法を覚えるのが常となっているわ。 そしてその特殊魔法のことは、他人には秘密にしておくものなの。 家族や、信頼できる方にしか教えないのよ。 この国は・・・サンコー皇国。 皇帝陛下の治める国だったこともあるんだけど。ここ数百年は議会政治の国。 皇帝陛下は政治に参画なさるけれど。決定権は持たれない。あくまでも、1票をお持ちなだけ。 他国と比べると、皇帝陛下(国王陛下)の権力は強くない。 唯一の公爵家たる我が家は代々。皇家とは距離を置いていることが多かった。 だけど、皇后さまとお母様が学生時代のご友人で。 その関係で、皇太子殿下とわたくしの婚約は結ばれたの・・・。
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