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皇国には相棒という伝統がある
「次の夜会はいつだったかしら」
数日前にドタキャンしてしまったから。
次は出たいわ。
学園を卒園したばかり。デビュー以来初めての夜会だったんだもの。本当は行きたかったんだけどな。
芹は少し眉を下げる。
「今週末なんです。ウォルナット前伯爵閣下がタウンハウスで開催されますわ」
そっか。そんなにすぐだったのね・・・。
ウォルナット伯爵家。
国境の領地をもつ伯爵家は、魔法力もさることながら剣の腕も誇られる一族。
穏やかながらも厳しい伯爵閣下。厳しいながらもお優しい前伯爵閣下。
ただただお優しい伯爵夫人。6歳のご令嬢と3歳のご令息は、わたくしを姉のように慕ってくださるの。
皇太子殿下の視察は毎回、必ずウォルナット伯爵家の領地を通る。
大陸の端にある我が国。接する隣国は、2国だけ。
その国境の領地を持つのは、ウォルナット伯爵家と。
我がパイン公爵家。
皇家からウォルナット伯爵家への。視察の度ごとの宿泊依頼は。
社交と牽制。
彼らが、隣国へ味方してしまったら我が国に勝ち目は無いのだもの。
隣国との関係は、どちらとも良好だけど。これから先もそうだという保障は無いものね。
でも。前伯爵閣下は最初に会った時からすごくお優しかったわ。
幼いころからずっと。孫のように接してくださっている。
代がわりをなさったのはわたくしが10歳か11歳か・・・その頃。
毎回、数日滞在が伸びるのを。窘めながらも喜んでくださる。
「社交のために皇都へ来ていらっしゃるのね?・・・お会いしたいわ」
でも、今週末では無理かしらね・・・。
「殿下から、ご連絡はあった?」
芹は、また眉を下げて答える。
「いえ、本日はまだ。お手紙もお花も届いておりませんわ」
殿下・・・いかがお過ごしかしら。
コウとご一緒かしら・・・。ずるいわ!
コウ?
思い出そうとする前に。
「すぐにお手紙のご用意をいたしますわ」
私のむぅっと突き出しちゃった唇を見て。
芹は笑って声をかけてくる。
「うーん。・・・待って。
ご機嫌伺に皇宮へ行こうかしら。お父様へそうお伝えしてくれない?」
はい、と今度はにやりとしたような顔をして。
芹は出て行った。
・・・ふうん。わたし・・・わたくし?って皇太子殿下が好きなのね?
自分の言葉で。ぐっ、と自分が詰まる。
ち、違うわ!
もうほんと。変な感じ・・・。
自分で自分に言い訳してる。
ただ、コウに会いたいだけよ!
コウ?
浮かんだのは仔猫。サバトラ。グレーベースのトラ柄。まるでプロレスのマスクをかぶっているかのように口元には模様がない。
・・・あうあう!おなかにも模様はないのね!
ごろり、と寝転んで。さぁ。おなかをなでろ!下僕!
ってその態度が最高!
いますぐ会いに行って、わしゃわしゃさせていただきます!!
思わず立ち上がって。
くすりって”わたくし”に笑われる感じがして。
うん。コウは最高よ。わたくしも早く会いに行きたいわ。
?あれ?
虫を追いかけまわしたり。わたくしのドレスに爪をかけたり。殿下の肩まで駆け上がったり。わたくし達が幼いころから一緒にいるのに・・・。
思い出すコウは。仔猫のままだわ。
最近もその大きさ。・・・あれ?
コウは大きくならない猫だったっけ?
・
この国には、相棒という慣習があるわ。
まるで講義を聞くように記憶は甦る。
子どもが母親のおなかに宿った時に、動物や植物を用意するの。
そして、子どもとともに大事に育てていくの。
それらが元気に育てば、赤ちゃんも元気に育つと言われているから。みんなとても大切にお世話をするのよ。
皇家やわが公爵家で、相棒というと大抵。聖獣のことで。
3歳の誕生日ころにむこうから、現れてくれるそうよ。
でも、それまでの。3歳までの間のほうが、乳児の死亡率は高いのだもの。
別に用意される相棒もいるのが普通なの。
例えばわたくし、の場合。お母様が用意してくださったのは鉢植えの若木。
後で温室へ見に行ってみる?庭師が大事に育ててくれてるわ。
浮かんだのは・・・盆栽?
ぼんさい・・・あぁ。そうだわ。盆栽という感じだわ。
殿下の1番目の相棒も、わたくしとは違う樹木だけど。盆栽よ。
十数年前までは、樹木を相棒に選ぶ場合。
お庭に植えられてたそうなんだけど。
屋敷を出て行くときに、持っていけないでしょう?
最近では鉢植えが主流なの。
転居先でお庭に植えればいいも・・・ん?
へぇ、そうか。そのまま鉢植えにしといて、いつでも出ていけます!って脅しに使う人もいるのね。
でも、それが脅しになるってことは、夫婦仲が良いってことよね。
そうね。わが国では、もうほとんど政略の結婚なんて聞かないわ。
皇帝陛下と皇后さまだって、大恋愛の末のご成婚だったんだもの。
ああそうね。お会いする時には、わたくしにいつもお優しくて。おふたりはとても仲睦まじくていらして・・・。あんな風に誰かと仲良く過ごしていきたいわ・・・。
・
あ。そうか。
殿下の2番目の相棒が、コウ。
ひとつ思い出すと、手繰り寄せるように。関係したことを思い出してる。
コウは聖獣なんだったわ!
殿下の相棒は、3歳の時に現れたあまひょう。
あまひょうという聖獣は、猫を大きくしたような生き物。
あぁ。一度見たことがあったわ・・・。あの模様のまま大きくなって見せてくれた。殿下が居ないときに。
大きくなっても輝く瞳は変わらないアクアブルーで。冷たい色なのに冷たく感じないのは、いつも悪戯そうに細められているからかしら。
細長い耳はぴんと立ってる。
爪も牙も出したり引っ込めたりできて。隠してしまうと、大きくてもちっとも怖くない。
殿下だって今なら会えるはずなのに。コウは絶対に殿下の前で元の姿に戻らない。
敏捷で柔らかく。温かくってふわふわで・・・。
あの時、わたくしを抱きしめてくれたっけ。
・・・早くコウに会いに行きたいわ。
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