5年前の記憶①(隣国の第2王子殿下)

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5年前の記憶①(隣国の第2王子殿下)

入園式の日。 わたくしはどきどきして学園の南門に立っていた。 皇帝陛下から直接に頼まれた、という事が。 どんどん重く圧し掛かってきていて。 はぁぁ。 どうして軽く、はいと返事しちゃったのかしら。 断ればよかったわ。 断れるわけがないのに、そんなことばかり思う。 他国の王子殿下のお世話係だなど。わたくしに務まるのかしら。 陛下は、ただご友人になるつもりで。と言ってはくださったけれど・・・。 ・・・隣国は、身分制に厳しいと聞いたわ。 その第2王子殿下とはどんな方かしら。・・・怖い方だったらどうしよう。 我が国は身分に関するいろいろが甘いわ。 ・・・不敬だと怒ってしまわれたらどうしよう。 徒歩で登校する子達が、わたくしに頭を下げてくれる。 ひとつひとつ、返礼すると。不思議そうにこちらを見てる。 ・・・そうよねぇ。この門は、貴族はまず使わないもの。 ドレス姿のわたくしは目立つわ。 貴族たちは馬車で登校するから、東門のほうへ回るのが常。 だけど。 事前に連絡した第2王子殿下からは、この南門で待っていてほしいとのお返事が来ていた。 「お嬢様。もうすぐお約束のお時間ですわ」 不安そうにしすぎていた? 芹が明るい声をかけてくれた。 学園内に伴うことができる従者はひとり、と決められている。 学園の敷地には厳しい防御結界が張られて安全だから、護衛を連れる方は少ないわ。侍従や侍女がほとんど。 「そうね。そろそろね」 言いながら・・・東門と勘違いしてたらどうしようと考え始めていた。 「待たせてしまったかな」 約束の時間ぴったりに。聞こえた我が国の言葉。 振り向くと異国の服を着た少年。 さらりとした黒髪。ぱっちりと大きな目。瞳の色は、青みがかった黒。 細いくらいのすらりとした体つきも、わたくしより少しだけ高い身長も。 皇太子殿下と同じくらいだわ。 ・・・わたくしに沸き上がったのは親近感だった。 お顔付は、それほど似ていらっしゃらないけど。優し気な笑い方はすごく似ているわ。 それもそうよね。おふたりはいとこなんだもの。 ほっとして、にこりと微笑むと。 第2王子殿下は、大きな目をさらに見開かれた。 高い鼻のせいかしら。そんな風に笑顔を引っ込められた真剣な顔は、なんだか怖い感じがする。 「・・・びっくりしたよ。 伯父上から連絡は受けていたが。こんなに美しい方だとは思わなかった」 第2王子殿下は、さっとわたくしの手をとられ、高く持ち上げて目の前で唇を落とされた。 えええっ! 「あ、アベリア・パインと申します」 わたくしは慌てて名を名乗る。もちろん、外国の方へ使う名前のほうを。 「プラタナスだ。できれば名前を呼んでほしい。 ・・・アベリア嬢は・・・。その名前は対外的なものだよね? いただいたご連絡のお手紙には、伝統的な名前も書いてくださっていたね。 その名をお呼びしてもいいだろうか」 なんて美しい発音かしら。通訳の必要はまるで無いわ。 それに、我が国のことをよくご存じなのね。 「皐月(さつき)と申します」 名乗りながら、今度は礼を取ろうとしたのに。 ・・・プラタナス様は、手を握ったまま離してくださらない。 「さ、き?」 人の名前は、古語にあたる。やはり他国の方には、難しいみたいね。 一生懸命発音しようとしてくださるのが、可愛らしくて。 「さ、つ、き。ですわ」 ゆっくりと発音してお教えする。 「さ・っ・き」 んっ。 甘い声で呼ばれて。 婚約者である皇太子殿下からも呼び捨てにされたことはないんだもの。 どきっとしてしまったわ。 わたくしの動揺に気付かれたのか、プラタナス様はにっこりと微笑まれて。 「さっき嬢。これから仲良くしてほしい。 新しい生活にわくわくもしているけれど、すごく不安でもあるんだ。 色々教えてくれると嬉しい」 じっとわたくしを見ながら、また手の甲に唇を落とされた。 こ、こんな風に異性とお話しするのは、はじめてだわ! わたくしは皇太子殿下の婚約者なのだもの。誰からもこんなに距離を詰められたことは無いわ。 ・・・貴族たちがいる東門でなくて良かった。 「は、はい。わたくしに出来ることでしたら」 言いながら、手を引こうとしたけど。どうやっていらっしゃるのか。柔らかく掴まれているというのに、わたくしの手は微動だにしなかった。 こ、このまま。エスコートなさる気ではないわよね?! それは困るわ。どうしようと焦っていると、プラタナス様の侍従が声をかけてくれた。 「プラタナス様。お手を。お離し下さい。 パイン公爵令嬢は、アイリス皇太子殿下の婚約者だったはずです」 ぴたり、とプラタナス様は固まられた。 ・・・良かった。この態度は、ご存じなかったからだったのね。文化の違いなのかしらと怖かったわ。 つい、侍従のほうを見て頷く。ありがとう。 オレンジみの強い茶色の髪にセレストブルーの瞳。すっと引き締めていた表情を彼は一瞬だけ。くしゃりと崩して笑った。まぁ。面白い侍従ね。 侍従の彼も我が国の言葉を話せるなんて。助かるわ。 ほんの少し発音に違和感があったけど。すごく上手だわ。 [・・・そんな! それなら、どうして伯父上は! いや・・・。 親戚になるのだから仲良くするようにと言っただけ。 ・・・そういう風にもとれる] その独り言は隣国の言葉だったから。わたくしは気付かないふりをした。 プラタナス様はそっと手を離してくださり、一歩離れられた。 「びっくりさせてしまったね? 婚約者がいらっしゃるとは本当に知らなかったんだ」 許してほしい、と眼だけで訴えられる。 王族の方が、こんなところで謝罪をなさるわけにはいかない。 「どうぞお気になさらずに。 それより、馬車はいかがなさいましたの? こちらの門には、馬車どまりがございませんが」 話題を変えると。 朗らかに、プラタナス様は笑われた。 「寮は目の前だよ。歩いてきたんだ」 歩いて? 建物が見える位置ではあるけれど。王子殿下でいらっしゃるのに? しかも、そんなに楽しそうに。 なんだか不思議な方ね。 本当に身分階級の厳しい国からいらしたのかしら。
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