35人が本棚に入れています
本棚に追加
5年前の記憶②(プラタナス様は良い方・・)
壇上に立つプラタナス様。
青地に白の線が数本入った美しい宮廷服。
あの服は、隣国王家・王子殿下の正装なのだと先ほど教えてもらったわ。
黒髪に映えてよくお似合いね、って思った途端。
皇帝陛下のお言葉を思い出す。
隣国で王家の色といわれるのは金の髪で。
数百年さかのぼっても。金の髪じゃない王子、王女は居ないのだという。
「プラタナスだけなんだ、髪色が違うのは。
あの子には、そのことが少しだけ気にかかるようでね。
だから、この国の学園へ来ないかと勧めてみたんだよ。
わが国でなら、黒髪を気にしないでいいからね」
魔法の明かりを受けて煌めいている、あんなに奇麗な髪なのに・・・。
たかが髪色が、人の気持ちを暗くするなんて嫌だわ。
・・・そう思う。
わたくしだって最近では。黒の髪色が、近隣諸国から地味だと馬鹿にされていると知ってはいるけれど。
・
「感動的な答辞をありがとうございました。
これからの学園生活、きっと頑張ろうと決意を新たに致しましたわ」
恙なく入園式が終わった。
紙一枚確認することなく。みんなを見渡しながら、話される姿は。
やはり大国の王子様なのだわと改めて思わされたわ。
手放しで賛辞を向けると。
「いや、ちょっと緊張してしまったよ」
プラタナス様は照れたように笑われた。
アキツド学園では毎年、一番身分の高い新入生が。ご挨拶をすることになっている
留学生とはいえ、5年間を過ごされるのだもの。
今年はプラタナス様にお頼みしようと決まった。
正解だったわ。素晴らしい新入生挨拶だった。
身分制を学園に持ち込まないという建前がありながら。身分の高い方に、というきまり。・・・変な話なんだけど。
アキツド学園では、入園前に試験のようなものが行われない。
代表者を選び出すのはむつかしいから。
無難な措置として平民からも認められている。
卒園の時には、最後の試験での成績優秀者が答辞を述べるわ。
・
忖度が働いて、わたくしとプラタナス様は同じクラスになっているので。
並んで移動を始める。
「けっこう教室まで遠いんだね。本当に大きい学園だ」
ちょっとだけ不安そうにプラタナス様は呟かれた。
安心してもらおうと、そちらを見て笑いかける。
にこりと笑い返してくださったプラタナス様は。
「アキツド学園は単位制だと聞いたのだが、クラス分けがあるんだね?」
そう質問された。
アキツド学園では授業を選択し、決められた単位を取得しないと卒園ができない。つまり単位制。
だからこのクラス、というものは。相談にのってくださる担当教官が決まり。自習室代わりに使う教室が決められるというだけのもので。
基本的には卒園まで変更されない。
3年で卒業予定の方、ゆっくり勉学なさるつもりの方。
5年間、勉学にも交流にも時間をかける方。
それぞれの事情や情報に詳しい教官を割り振ってクラス分けがされている。
「そうすることで、ご友人もできやすく、相談もしやすくなるようにとの配慮ですの」
プラタナス様は、わたくしの説明にうんうんと頷かれ。
「やはり、皇国は子どもたちに。・・・教育に力を入れているんだね。素晴らしいことだよね」
国を褒めてもらえて嬉しいわ。
「では、僕達は」
「はい、5年。正規通りに学ぶクラスのうちのひとつに入りますわ。
最近ではこのクラスの数が、一番多いんですの。
学校へ通う間は、仕事量を減らしてくれる商会もだいぶ増えましたから」
・
わたくし達の教室は、一番奥まって。
安全面を考慮されたらしく、教授方の個室が並ぶ一角に宛てがわれていた。
プラタナス様は教室へ入るなり・・・囲まれてしまわれた。
質問攻めに遭っていらっしゃるわ!
我が国の国民性の第一は、好奇心が強いこと。
不敬だとお怒りになる前に、わたくしが対処しなくては!!
そう気負っていたのに。
ぴょんぴょんしかねない勢いで覗き込むけど。
プラタナス様はにこやかに返事をしていらっしゃった。
というより!
プラタナス様の瞳のほうが好奇心に溢れているくらいだわ!
楽し気な表情にほっとする。
この方は、王子である自分がお嫌いなのかもしれないわ。
ふっとそんな考えが浮かんで。
・・・いやだ、わたくしが一番不敬だったわ。
・
そんなプラタナス様だから、すぐにご友人もできて。
わたくしが説明をしなければならないようなことはまるで無かった。
だけど。
学園のサロンでお茶をご一緒したり。文房具などの買い物へご一緒したり。
そんな交流の予定がたっぷりと組んであったの。
・・・これも皇帝陛下のご指示だった。
最初は緊張したけれど。
プラタナス様と、その侍従と。わたくしと芹と。4人でお茶をいただくのはとても楽しかった。
プラタナス様はすっかり我が国のやり方を気に入ってくださって。
ふたりにも椅子を勧めて座らせなさる。
こうやって、使用人をねぎらったり。その意見を聞いたりすること。
わたくしには当たり前でも、プラタナス様にはきっと違和感がお有りだったでしょうに。
侍従の名前はシャガといって、とっても面白い話ばかりしてくれた。
シャガはくだらない話ばかりする、と言いながら。プラタナス様もすごく笑われる。
芹は最初、シャガを警戒していた。
「ああいう軽い男性には、お気を付けください」
なのに。いつのまにか、すごく仲良くなっていたので驚いたわ。
「・・・実は真面目な男性のようですわ」
確かにね。
初日こそびっくりしたけれど。
プラタナス様はきちんとわたくしと距離をとってくださっている。
・・・他の方がいるときには。
・・・そうなの。
この4人でいる時には少し違うのよ。
「さっき嬢。変装をして、下町へ買い物に。一緒に行かない?」
そう言いながら、わたくしの顔を覗き込んでこられる。上目遣いでお願い。と言われると・・・はいと言ってしまいそうだわ。
案内役としては、そう言うべきでも。これは婚約者のいる立場としてはお断りすべきよね?
わたくしが逡巡していると見抜かれて。プラタナス様はわたくしの手を取ろうとまでなさった。
シャガは、そんなプラタナス様に苦言を呈してくれる。
「プラタナス様。もう少し離れてください」
プラタナス様は他のご令嬢との距離も近い時があるわ。
可愛らしい雰囲気で中性的だから、女性もつい気を許してしまわれるみたい。
シャガがさっと椅子をずらしたりして邪魔をするのを何度も見かけたわ。
[交流しろと伯父上から言われている。あの言葉に含みがあったのは、一緒に聞いたシャガも気づいただろう?]
時々、小さな声で母国語で話される時。わたくしには聞かせたくないと思っていらっしゃるのかしら。・・・まさかわたくしが、言葉を知らないとお思いなのじゃないわよね?
最初のコメントを投稿しよう!