La dolce vita ~ 酔いどれとジェラシー

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「すみません、ちょっと行ってきます」 そう言い残して出ていく恋人を見送りながら、松岡は溜め息を漏らした。 ――― 嫌味な態度をとって嫌われたかな  根本の原因は、自分。【同居】をゴリ押ししたせいで、彼らを引き離してしまった。近い将来、あの老夫婦は家を畳んで息子夫婦の住む町へ移るらしいが、その予定を早めさせたに違いない。このように、彼らの生活に影響を与えたくせに嫌な顔をして…… と、反省した松岡は、成瀬が帰ってきたら謝罪して、次回から快く送り出そうと考えた。が、その時―――   ピンポ~~ン  居間にインタフォンの鳴り響く音がして、我に返る。 ――― 意外と早かったな  そして、いそいそと玄関へ向かい、ドアを開けたのだが 「えっ……」  目の前に成瀬とは似ても似つかぬ男が立っていた。見た目40代。色黒の肌に太い眉と分厚い唇。真ん中の鼻梁は高く精力がみなぎっている。  男は松岡の肩越しに目をやり こう言った。 「アイツ、いますか?」  アイツという呼び方に二人の親密さを うかがい知った松岡は眉をひくつかせた。 ――― こいつ、最近顔を見るよな  彼は成瀬の友人の市崎 秀一郎(いちざき しゅういちろう)。成瀬の部屋をリノベーションする際 世話になった電気屋で、この前は海産物をお裾分けしにきた。互いを『(しゅう)さん』『(なる)さん』と呼び合う仲で、タメ口で悪態を付き合う姿に羨望を覚えたばかり。成瀬と自分、ここまで対等に距離なく接することなど恐らくないのだ。 「成瀬さんなら、先ほど水谷(みずたに)さんのお宅へ行きましたが……」 「水谷?」と、片方の眉を吊り上げ怪訝そうな顔をした市崎は 「ああ、前に住んでいたトコの大家ね」 「電話しましょうか?」 「いつ戻って来そうです?」 「だいたい30分程度で帰って来るので、もうじきでしょう」 「『いつも』って、そんなに頻回に行ってるんだ」 「まあ……」 「『持ちつ持たれつ』っていうか頼りにされてたからな、アイツ。なのに、無理やり引っ越しさせられて……」  そう言うと、秀一郎が睨みつけてきた。まるで『あんたのせいで』と言わんばかりに…… 「今日だって飲みに誘ったのに断わられて……、もう3度目だ。なぁ 先生、診療所の生活って こんなに縛られるもんですか?」  秀一郎から嫌味を言われた松岡はカチンときて語気を強めた。 「縛ってなんか。『飲み会があったら遠慮せず行っていい』と話してます」 「じゃあ、どうしてこんなに付き合いが悪くなったんだろうな」そう零した秀一郎は 「じき帰ってくるんですよね。なら、ここで待たせてもらおうか」そう言うと、承諾も得ずにズケズケと中まで入ってきた。そして『まさか、居座るつもりか?』と、心の声が顔に出るほど困惑している松岡に向かって手にしたビニール袋を掲げてニヤリとした。 「さっきまで他の連中と飲んでたんたけど面白くなくて……。久しぶりに成さんと飲みたくなったから、ほら…… 日本酒持ってきたぜ、先生」
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