La dolce vita ~ 酔いどれとジェラシー

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 ニッと笑う顔が子どものように無邪気で、それに見とれた松岡だったが、彼の呼気からアルコール臭がして顔をしかめる。よくよく見ると、頬や耳たぶが赤く 目も充血し かなり飲酒していることがわかった。  秀一郎は玄関の上り框に腰を下ろすと、一升瓶をドン置く。そして、呆然と立ち尽くす松岡を見上げると目で何かを催促した。  しばらく見つめ合う二人。  松岡はその態度に怒りがこみ上げ、秀一郎は要望が伝わらなくてイラつき始める。 「ねえ、先生?」 「なんだ?」 「コップでも何でもいいから持ってきて」 「はあ?」 「三つね。先生も一献どうです?」 「私も?」 「仲間はずれにはしませんよ」 「申し訳ないが、急患に備えて飲むのを控えてるんだ」 「マジで?」 「まじで」 「じゃあ、このまま一生飲まないつもり?」 「その覚悟で来たからね」 「そんなこと言って、本当は下戸なんじゃないの?」 「若い頃に比べると随分弱くなった。しかも、ここへ来たら地の物が旨すぎて飲みたいと思わなくなった」 「瘦せ我慢しちゃって」 「とにかく、私は遠慮しとくから二人でどうぞ。こんなところで待つのもなんだから上がったら? 彼もじきに帰ってくるだろう」  そう言って中に入るよう勧めたけれど、当の本人が立ち上がろうとしない。 「飲んじゃいけないって決まりはないんでしょ? だって、前の先生は飲んでたし。たまに【花もめん】に顔出して焼酎のお湯割りを美味そ~に啜ってたよ」 「これは自分のポリシーだから」 「ポリシーって……。コップ1杯くらいなら構わんでしょ。もし急患が来ても成さんがいるし」 「飲酒したくて彼を呼び寄せたんじゃない」 「それにオレ、先生と さしで飲みたかったんですよ。色々聞きたいことがあったから」 「色々?」 「アイツがいない今のうちに」 「今のうちにって……、聞かれたくない話なのか?」 「ま、そんなところですかね」  秀一郎の言葉から、成瀬に関わることを質問されると推察した松岡は額にじわじわ汗が滲んでくるのを感じた。  恐らくこの男、自分と成瀬の関係を疑っている。前回ここへ来た際、成瀬に向かって「怪しい」とか「二人がくっつくのは時間の問題」などと口にしていたから。そして、極めつけが「それで診療所が安泰なら、まあいっか」。成瀬はそれらの言葉を全否定していたけれど、恐らく信じちゃいない。『成瀬抜きで話がしたい』と提案してきたのは、自分を聴取して真実を詳らかにするのが目的なんだろう。 ――― だとしても、そこまで知りたい理由とは? 「お前らがデキた方が都合がいい」などと物わかりのいいことを言った この男、単に友人として知っておきたかったのだろうか? などと考えたけれど、こちらを見つめる眼差しがナイフのように鋭くて、とても二人の関係を歓迎しているようには思えないのだが――― と、眉をひそめていたら、ピンきた。 ――― なるほど、そういうこと  推測が胸にストンと落ちた瞬間、松岡はその口元に不敵な笑みを浮かべていた。彼は無言で立ち上がると その場を離れ、食器棚からグラスを三つ出して玄関へ戻る。そして、一連の動作を食い入るように見つめる秀一郎の前にグラスを置くと胡坐をかいた。 「大事な話があるなら聞きましょう」 「あれ、飲む気になった?」 「今日は特別。市崎さんからのお誘いを無下に断るわけにもいきませんしね」 「そりゃあ申し訳ない」 「残り時間が少なくなってきた。彼が帰ってくる前に伺いましょうか」
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