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懺悔と代償
深夜に煌〻とした星と虹が出現してから、雨と雷雲は去ったようであった。
村の長、勘四郎は落ち着きを取り戻し、石の上に腰掛け、村人の様子に目を配り考え事をしていた。
これから、何をすべきか――。
村の壊滅、突如として現れた数々の現象を利用すべきか、否か――。
勘四郎の頭の中で囁く声が聞こえる。
『狐の仕業』にしろ、と――。
一日のはじまり、清〻しい朝がもうじき訪れようとしているが、勘四郎の目には血のような真紅が染め上げているだけであった。湧き出る、憎悪。
背後から突然何者かゞ、彼を抱きしめた。
『たゞいま』
『――やっと戻ったか、お絹。また居なくなるのかと、肝を冷やしたぞ』
『お祖父ちゃん、もういゝでしょう、やめよう。狐たちも、村のみんなも、これ以上苦しめないで。母さんもきっと、そう願ってるわ――』
『……』
『あの子、夜に狐の術を使ったそうね。――杜明はね、私の子。ずっとお慕いしている狐のお方との子なの』
お絹と勘四郎の視線の先には、依代の明かりに照らされ、お滝と光一郎、杜明が狐の狐生和に寄り添い寝ていた。
お滝の後ろには、鼻と瞼を赤くした幸造が草むらに横になっている。
もう一度、生贄に捧げなさい。その人間の子、狐の子と共に、全員。
勘四郎の頭の中で、また声がこだました。頭を振り囁く声を振り払おうとする。
『お前もまた狐の元に行くのか――、お幹と同じように。そうなのだろう』
過去に彼は、愛娘のお幹を生きたまゝ山の神々へ生贄として捧げたことを悔やんでいた。
愚かだったと湧き出る後悔に打ち拉がれていた時、偶然か必然か『狐退治』を生業とする例の者とこの頃に出会い、そこから何故か山に住みついていると遥か昔から噂されていた『化け狐』狩りが加速してしまった。
それ以降、山へ密かに村人を生贄として捧げ行方知らずとし、民をあたかも『狐が人を攫った』かのように見せ、その仇討ちとして狐狩りを繰り返していた。
その長の思惑に気付いた一部の民は、自分が生贄の対象から除外されるため狐狩りに協力する者や、見てみぬふりをする者も居たという。
全ては勘四郎の心のスキに入り込み、思考と行動を操っていた者がいる。
まさに『狐退治』の末裔の仕業の可能性が大いにあった。
『母さんは、狐の村で幸せに暮らしていた。大きな銀杏の木の下で、今もきっと皆を見守ってる』
『――そうか』
娘のお幹はこの世には居ない、勘四郎は、そのお絹の言葉ですべてを悟った。
あの地で最期を迎えた生命は、必ず狐として生まれ変わるのよ――。だからまた、きっと――
狐の村の秘密を口にできないお絹は、心のなかでそう祖父に伝えたのであった。
一瞬、お絹を見えない誰かゞ抱きしめたが、何の驚きもしなかった。
なぜなら、この温もりと残り香は――狐杜那のものであったからだ。
彼への想いと共に過ごした懐かしさで涙が零れた。
『ずっと居てくれたのね。助けてくれたのでしょう』
太陽が真上に登り始める頃には、あの白く巨大な魚は、植物の笹魚の状態で、お絹の手のひらに三つ、コロンと存在していた。
『みんな、そして狐杜那様――ありがとうございます』
村の危機はなんとか乗り越えられた。だが、お絹の表情はとても寂しげである。
唯一、最後まで見つけることが叶わなかった者がいたのだ。その無念を抱え、お絹は生きることゝなってしまった。
勘四郎はその後、呪術の対価として盲目になる。
狐生和に直接呪詛を施したという狐狩りの末裔の名をお絹に託そうとしたが、術の力によりその名を勘四郎は永遠に口にすることができずにいた。
当然ながら、杜明の成長を目に焼き付けることも叶わなかったという。
村へ招いたというその末裔が果たして今、どの地方に存在するのか、未だに分からぬまゝだ。声色も今では思い出せず、それが人間か、化けものかすらも謎に包まれているそうだ。
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