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狐との出会い
ここは、とある川沿いにある山間の村。
四季を通し、お天道様や山々、川、大自然の恩恵を受けながら、人々が『平穏に』暮らしていた。
村の数少ない若者の一人である弥七は、幼いころに両親を病で亡くし、体が弱く外に出ることもまゝならなかった。
近所の世話になりながら、十九になって間もないある朝、家の近くで地面に倒れた幼い狐を見つけ、全ての物語が始まる。
『オイ狐、大丈夫か。腹が減ったのか。お前まさか……』
手の甲を狐の鼻に近づけると、まだ息があるようだった。
立ち去ろうにも、さすがに良心が痛む。
仕方ない。と、ふところの中に抱え込んだ狐は軽くて、やわらかく、温かい。
よく見ると、狐の体は珍しい茶に黒の斑模様で、思った以上に衰弱している。
やがて家まで運び終え、床の近くに丸い篭とその中に寒くないようにと古着や藁を入れ、ゆっくり休ませることにした。
『何か栄養になるものがあればよいのだが』
その日は、外仕事に行くのを諦め、ずっと狐の傍で看病を続けた弥七であった。
狐がパチと目を覚ますと、弥七は自分の飯を与えながらしばらく世話をするつもりであったが、三日ほど経つとすっかり狐は元気を取り戻した。
家の裏の畑で、狐をあやす弥七。背中を撫でると、狐はクン〳〵と弥七の膝に擦り寄って来るのが可愛かった。
ずっと長い間、ひとりで暮らしていたが、畑仕事や山菜取りから帰り戸を開けると、狐がチョコンと出迎えてくれることが、嬉しかった。
だが、そのような楽しい時間もあっという間。
別れの時が来てしまった。
『もう大丈夫だろう。短い間であったが、元気になって良かった。サ、サ、早うお帰り』
裏にある畑から山の方へ放すと、彼は名残惜しそうに弥七を見つめ、ピョン〳〵と跳ねながら山の中へと去って行った。
『達者でなァ』
弥七は狐の後ろ姿を静かに見送る。
お天道様も狐の無事を祈るかのようにキラ〳〵と輝く、晴天の日であった。
数ヶ月ほど経つと、なんと助けた狐が二十歳ほどの男の姿で弥七のもとに頻繁に訪ねてくるようになる。
『弥七さん。居りますか』
戸の向こうで声がする。弥七は彼に会うことをいつも楽しみにしていた。
『今日もよく来たな。だが、尻尾が出ているぞ』
『ワア、いけない。隠し忘れていました。でも問題ありません。古い獣道を通ってきたので誰にも見られていませんよ』
フヽヽ、と狐は笑った。
弥七は、狐との関係を周囲に秘密にしていた。そうせざるを得なかったのだ。
村の長が大の狐嫌いだと聞いていたからである。
遥か昔にこの集落と、山の向こうに住まう狐の集落で、とある揉め事があったそうな。
其〻の領域を侵すことなく暮らしてきたが、一人の娘が山で迷い、狐の縄張りにまで入り込んでしまったことがきっかけで争いにまで発展。田畑が狐によって荒らされた。
この村の人間たちは娘を返せと仕返しを続けたが、狐に囚われた娘は二度と戻ってこなかったという。
弥七の知る狐は、黄金色の瞳に栗色の短髪で訪ねて来る。フカ〳〵の尻尾や狐耳が頭から生えていたり、狐のヒゲをそのまゝに隠し忘れることがある、なんとも面白く愛らしい狐であったので、忌み嫌う要素など全くなかった。
できることなら、村の皆にも親友だと紹介したいくらいだった。
幾度も狐が弥七の家に通い、遂には近くでは採れないような樹の実や山菜を手土産に訪れるようになり、畑仕事の手伝いをするほどにまで仲良しになった。
狐は、村の中では決して知ることのできないような狐の世界や理、自然、山の神について多くのことを聞かせてくれたので、弥七は狐の語る土産話が大好きだった。
ある日、珍しく一人の村人が弥七の家を訪ねに来た。
『弥七、居るか』
『……』
『居らんのか』
彼は、弥七とは村を隔て真反対の外れに住んでいる働き者の清吉だった。
呼びかけても気配が無いので辺りを探していると、裏の畑で弥七と尻尾の生えた見知らぬ誰かが仕事をしながら楽しげに話している様子を目にしてしまう。
『アヽ……なんということだ――』
あれは間違いない、狐だと確信した。
採ったばかりの山菜や根菜を分け合おうとしていた清吉であったが、弥七に会うことなく来た道を戻るのであった。
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