最後の手段

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最後の手段

 雨が更に強くなってくると、山の方からメキ〳〵と木が(きし)み始める。  そして避難に向かっていた一部の村人たちが土砂に飲み込まれてしまった。  これはいけない、とお絹は託されていた最後の『笹魚笛(ささうおぶえ)』を手にする。  土砂降りで顔は雨で完全に濡れ、髪の毛が顔に張り付く。もう、後がない。皆を救いたい。そう願い『笹魚笛(ささうおぶえ)』を力強く吹いた。  ピイ――――――――ッ  高音の澄んだ音が夜の村に木霊(こだま)した。  何が起きるのか、どうなるのか、それはお絹自身にも分からない。 『誰も死なせない。だからお願いッ、助けて』  すぐに川の上流から、ザバンッと三匹の白い魚のようなものが勢い良く泳いできたではないか。  それは舟一隻(いっせき)ほどの大きさで、山に退避(たいひ)していた村人たちはその姿を目の当たりにし、腰を抜かした。 『み、見ろォ。なんだあれは、川魚(かわざかな)か、見たことがないッ』 『分からねエ、でも目もヒレも無いぞ。あれをお絹が呼んだのか……どういうことだよ』 『ナァ、(ほむら)は――どうした』 『狐に妙な術でも掛けられていたのではないか、化け物を呼んだのだぞ』  三匹の魚のような生き物は、土砂の中に頭を突っ込み、埋もれた人々を助けようとしていた。  だが、その様子がまるで水中の獲物を探し()らうように見えた村民たちは顔を青くした。 『ヒ、ヒィッ』 『何をしているんだあれは、まさか――食って……』  グギャアヽウッ、グワァアヽウッ  村人たちのどよめきを一瞬で黙らせたのは、とある咆哮(ほうこう)であった。  地鳴(じな)りのような、聞いたこともないような猛獣(もうじゅう)の声が周囲に響き渡る。   今度はなんだ、いよ〳〵(たた)りか、と村人たちは(おび)え体を寄せ合った。  皆ずぶ濡れだ。冷たい雨風(あめかぜ)に体力を消耗(しょうもう)され、たゞ無事を願うことしかできなかった。  グオヽヽヽヽォッ  氾濫した川の中から水柱(みずばしら)が出来るほどの勢いで、大きな灰色の狐が宙へ飛び出し、屋根にしがみつく子どもの居る茅葺屋根(かやぶきやね)に一気に着地する。  その反動で、屋根は半壊(はんかい)してしまったが、子どもは無事で、巨大な灰色狐の腕の中に抱えられていた。 『イヤァ、化け狐に食べられるわ、ウチの娘がアァッ、やめてエッ』  長はその子の母親の叫びを聞きながら、真っ青になる。  周囲にはそう見えていただろう。  ――しかし、子供が窮地(きゅうち)に立たされていることに動揺しているのではなかった。  焔が狐に化けたということ、それは狐生和(こうわ)(ほどこ)した呪詛(じゅそ)が破れたのと同義。狐の本来の力を取り戻したという明白な事実を突きつけられたことによる『動揺』であった。  泣き叫ぶ母親に、光一郎は冷静に言った。   『あそ先に居るの、焔……じゃアなくて――狐だから。とっても強いんだよ、狐は』  その言葉を耳にした長は顔を赤くして唐突に叫び始めた。  『ウグヽヽヽッ、馬鹿なッ、焔め。術師も術師じゃ、絶対に破れぬと言うたではないかァッ』  謎の大魚に巨大な灰色狐の出現、そして長の様子のおかしさに、村人は混乱し始めた。  今まさに川を泳ぎ、残された村人を助けている化け狐が、これまで人に化けていた狐だったという事実を目の当たりにした村人たち――。 『み、見ろ、あの魚に乗っているのは、お絹じゃないか』  一人の男が言った。  土砂に巻き込まれていた中、助けられた泥まみれの人々、取り残されていた老人や子供、持病や怪我で自由が利かない民を、笹魚(ささうお)の背に乗せているではないか。  お絹は山側へと人々を預け、何度も取り残された人々を探し続けた。
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