17人が本棚に入れています
本棚に追加
白い化身
一方、白銀上原の狐たちはザワ〳〵と空を指差し見上げていた。
『オイ、あれはなんだ、もしや白竜ではないか』
『なんだあの化身はッ』
北西区画の空き家に、大通りで買い付けた荷を下ろしていた弥七の姿があった。
狐多郎は村の騒々しさが気になり、荷を積んだ大八車の横で、空を見ている。
『――あれは、何だと思います、弥七さん』
『――ン、分からん。雲ではないことは……確かだと思う』
『そうですよね、だって、今こちらに近付いて――来てるからあゝゝッ、ワアヽヽーーッ』
ゴヽヽヽッ
ドゴオォン
ふたりの目の前に、白い生きものが物凄い勢いで着地したらしい。
あっという間に砂埃が周辺に舞い上がり、隣家の洗濯物や花壇の鉢、開いていた物置小屋に立て掛けられていた農具が全てバラ〳〵に吹っ飛んだ。
砂埃はやがて弥七と狐多郎の姿を飲み込んでしまった。
『ゴホッ、ゴホォッ、いったい何事だっ、狐多郎、無事かッ』
弥七が咳込みながら姿が見えぬ彼に向けて叫んだ。
『何かゞ落ちて――ケホッ、ヘックシィッ』
狐多郎がクシャミをする。すると、砂埃の向こうから気配と声が聞こえる。
『ふたりとも、乗れッ、村へ行くぞ』
『エ、エゝッ、その声は――まさか、師匠ッ』
視界がはっきりとしてくると、目の前には巨大な姿に変化した伝書鼬の迅と、背中に跨がる狐杜那の姿があったのだ。
『ヘヽンッ、今の俺なら、何処へでも皆さんを運べますぜェッ、ホラ、背中に乗っとくれェッ』
『師匠、これは……もしかして』
唯一、人の世と狐の世の刻の差の影響を受けない者たちが一部に存在する。
それは風を味方にしている者、伝書鼬の生業が合致しているのだ。
刻の空間を駆け巡ることができる伝書鼬の迅に、すべてを賭けることにした。
『弥七さんの村が川の氾濫で流されている。助けられるのは今しかないかもしれない。それに、なにか違和感があるのだ』
『やはり、俺の村が――』
『師匠ッ、また掟を破ってしまったら、師匠は……それに、迅だって――鼬の掟が』
『フヽ、これで、皆一緒だな。掟を破ってしまった』
狐杜那は微笑していた。
迅も、ウッシヽヽと笑っている。
『伝書鼬としての、最後の届けものは、皆を村へ運ぶ、そう決めたんでイッ』
『境界の刻の速さの影響を受けずに村へ向かうにはこの方法だけだ。今行けば、村を助けることができるかもしれぬ』
狐多郎は泣きそうな表情になる。
自分と弥七がこっそりと過ごした村、大切な仲間たちが居る村が今、この瞬間にも消えようとしている。
急いで迅に跨ると、弥七に手を差し伸べた。
『弥七さん、行こう。一緒に』
何度も助けられた、彼の手。
一人なら、何もせずに逃げていたかもしれない。
もう後悔はしたくない。
どんな形であれ、故郷は故郷なのだ。
彼が、狐多郎が居てくれるのなら、俺は――。
最初のコメントを投稿しよう!