天空を駆ける

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天空を駆ける

 こめかみから汗が伝った。 『禁書(きんしょ)の中に記されていたものを昔読んだ事がある――雷雲海狼(らいうんかいろう)。目にするのは最初で最後にしたいものだ』 『なんだい。そりゃア、ヤバい奴なのかい旦那ァッ』 『彼らを鎮めなくては、雷雨は恐らく止まないだろう』 『弥七さん、平気ですか』 『ウ、ム――――』  狐多郎が、弥七の頬に触れる。  弥七はまだふわ〳〵とした様子で、再び(まぶた)を閉じてしまった。 『狐多郎ッ、寝かせてはならぬ、なんとしても弥七を起こせッ。この雷雲は、あらゆる願いや希望、夢を魅せながら、それらを無限に喰らう。二度と起きなくなってしまうぞ』  それを聞いた狐多郎も焦りを抑えつゝ、弥七を何度も必死に揺さぶる。 『弥七さん、起きて。お願い、弥七さんッ』  狐多郎は彼と向かい合うと強く抱きしめた。  お願い〳〵。 『旦那ァ、どうするんだよォ、このまゝじゃア、いつ雷に打たれてもおかしくないぜェ』  遂には迅も体が透けはじめてしまう。 『空を駆ける二匹の狼に術が掛けられている。それを解き、この雨を晴らすッ』  狐杜那(ことな)は、首飾りの鉱石に触れると、眩い光を放ち始めた。  自身の術でなんとか迅を巨大化させたが、既に『領域』から出てしまったが故、力が弱まっていく狐杜那。大天狐之化神(たいてんこのけしん)の助けに頼ることで限界であった。  雷雲の中に、首飾りの放つ放射線状の光の矢が無数に射し込み始めると、黒い雲のような塊が迅の周囲を駆け巡るではないか。 『姿を現したな』  それは、黒い残像を残しながら駆ける二匹の狼の姿。 『こ、これが雷雲海狼(らいうんかいろう)』  迅が彼らを目で追いながら言った。 『そうだ。彼らは二体でひとつ。恵みの雨や風を司る者たちなのだが――』  二体の天空を駆け回る狼たちは、赤い瞳をしており、手足は足枷(あしかせ)のようなものを装着させられていた。 『彼らの足元に、呪詛(じゅそ)があるようだ。なんとか開放させねば。迅よ、足には自信があるか』 『ンヽ〜、そりゃどういう意味ですかィ、勿論ですよッ』 『彼らに追いつけるか、できるだけ動きを封じたい』 『あいよ、しっかり背中に掴まっとくれェッ』  狐杜那(ことな)弥七(やしち)狐多郎(こたろう)を背に迅は駆け出し、一体の雷雲海狼(らいうんかいろう)に飛びつく。そして胴体を一気に抑え込もうとした。  だが、捕まえたと思うと、相手は霧のようにも黒い雨雲に姿を変えてしまい、簡単に迅の手をすり抜けてしまうので、実体を掴まえることが困難であった。 『これでは(らち)が明かぬ。――となると』  狐杜那(ことな)(ふところ)からガサゴソと迅がいつも伝書用に使用している竹筒(たけづつ)であった。  その筒の中に、何やら小さな依代(よりしろ)を入れると、術をかけようとしているのか、古い狐の術を唱え始めた。  筒の中から緑色の光がユラ〳〵と溢れ始めた。  最後に、フウッと吐息を吹きかける。 『師匠様は一体何をしようとしているんだろう』  狐多郎に(もた)れた弥七が再び目を覚ました。 『ウッ……』 『よかった、気が付いた。弥七さんッ』 『迅、もう一度頼む、今度こそ』  迅が再び、狼を押さえ付けると、やはり体が溶けるように崩れ雨雲の塊になった。と、そこへ狐杜那が先程術をかけていた竹筒の中を相手に向けた。すると、雨雲に形を変えた狼は、形を戻す前に、筒の中へと吸い込まれてしまった。
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