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太陽
『師匠、風の言霊を使ったのですね』
『そうだ。この中に一時的だが封じる。彼らが落ち着くまでな。日が昇れば少しは大人しくなるだろう』
もう一体は捕らえられた片割れの入った竹筒を取り返そうと、雷を纏い狐杜那に飛び掛かってきたが、首飾りの光に体を貫かれると、雷雲になった。そして筒の先を向けると同じように吸い込まれてしまったのだった。
竹筒は封をしたあとも激しく暴れ、雨水が中の大半を満たしているのか、やけに重く感じたという。
『狐多郎』
『ハイ、師匠』
『雷雲海狼の足枷は、お前が外してあげなさい』
狐杜那が更に透け、闇に溶けてしまいそうだ。
『――エ……いやだッ、師匠、消えないでください』
『みんなを村までェ、送るんだァ、踏ん張れ、俺ェエ、厶オヽヽヽ』
迅も透けた体で遙か天空から地上を目指す。
早く地上に降ろさねば、とんでもないことになってしまう。
『いやだ〳〵、またひとりぼっちなんて、いやだよォ』
孤独――白銀上原の寺子屋に居た幼い頃の寂しさが蘇る。
狐多郎が泣き顔で訴えるが、狐杜那の体はもうぼやけていてよく見えない。
『弥七が傍に居るだろう。それに、大きな太陽が、祖が導いてくれる。大丈夫、必ず戻るから――』
『ひとりぼっちにはさせない、狐多郎』
『弥七さァん……師匠、ウワァアヽヽーーンッ』
悲痛な彼の叫びを耳にした弥七が、狐多郎を強く抱きしめた。
涙でぼやけたその先には、既に狐杜那の姿は無く、彼の首飾りだけが目の前に浮遊しながら眩い光を放っていた。
弥七がそれを手に取った瞬間だった。
『ち、畜生ッ――みんな、済まねェエ』
次の瞬間、村の山中へと向かっていたの迅の体も、完全に消えた。
そして、弥七は首飾りを巻き付けた手を狐多郎と繋ぎ合い、村へと真っ逆さまに落ちてゆくのであった。
『どうしよう、弥七さんッ――』
『絶対に手を離すなッ』
雨の降る空の彼方から光が落ちてくる。
その輝きを見た村人たちは、流れ星がこの天災を鎮めようとしていると信じ、祈り続けていた。
雨に濡れた着物が、ふたりから体温を奪い続ける。
狐杜那も迅も、消えてしまった。
川の先にある山々、更に向こうには海までもが見え、太陽が昇り始めているのが分かった。水面の境界線にキラ〳〵とした紅色を反射させ、神々しく輝き始めた。
狐多郎はそれを瞳の中に焼き付けようと目を凝らし見た。
なんとそれは太陽ではなく、大層大きな狐に赤い毛の混ざった姿で海の中に佇み天空を仰ぎ見ていた化け狐であったのだ。
あれは――天狐、さま、なのかな。
威厳あるその狐の放つ虹色の光が温かく、心地よい。落下しながら辺りを見回すと、巨大な虹ができていた。
このまゝでは、地上の濁流へ叩きつけられ一気に飲み込まれてしまうだろう。
物凄い落下速度で、呼吸が奪われる。
狐多郎と弥七は瞳をギュッと閉じ、覚悟を決める。最期の瞬間まで、狐杜那の言葉を信じ、祈り願い続けるしか術が残されていなかった。
その瞼の向こうから、凛とした黒狐がこちらを見つめているような気がした――。
貴女は――。
天狐の咆哮が天空から地上の果てまで響き渡ると、体が軽くなり、ふたりは意識が遠退いた。
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