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いのちの重さ
焔は、村人の居る山の中へ命からがら人の姿で辿り着く。そして村人たちの目の前で倒れ、灰色の狐の姿になった。
それはまさに、焔ではなく、本来の狐生和のあるべき姿。
『こーわじっちゃ、おきて、おきてよゥ』
杜明がトコ〳〵と側に行き懸命に小さな両手で彼の胴体を揺さぶる。
その様子を見た村人たちはまだ怯えながら怪異を見るような眼差しを送っていた。
目は、口ほどに物を言う。まさに其れであった。
『――アァッ、起きて、死んではだめッ』
傍観している村人たちの奥から、お滝が様子に気付き狐生和の元へ駆け寄る。彼女の両膝は地面の泥水に濡れた。
その慌てようを見て、お滝の夫、幸造は顔が引きつっていた。
『な、何してる、お滝……そいつは、焔は……化け狐だったんだぞ』
『ウン、そうよ。だから何。あんまりだわ。皆を助けて、清吉さんも探してくれたのに……こんなのって――酷いよ』
下唇を噛み締める。
そのお滝の姿を見た皆が黙ってしまった。
沈黙のあと、一人の村人が口を開いた。
『だ、だってよォ、清吉は戻らないじゃないか。そいつが食ったんじゃないのか――。食っていないと言い切れるのか』
『そうだぜ。それに七色の流れ星が落ちてきて、夜なのに光輝く大きな虹が出て――もう何がなんだか。俺ら――夢を見させられていたのかなァ』
お滝は涙を堪えながら、狐生和を抱きかゝえると山の奥側へと移動し、幸造はたゞその姿を遠くで見守っていた。
村人たちから離れた場所で狐生和を休ませる。とは言え、雨を凌ぐものはない。大木の下で雨宿りをするほか無かった。
『アッ、そうだ。これお絹さんから預かってた。杜明に渡してって』
光一郎がお滝に手渡したのは、古ぼけた依代だった。お滝は初めて目にする紙切れを見て、どう使えば良いのか、サッパリ分からなかった。
『炎という字が書かれてるわ。何かしら。杜明ちゃん、これ、使い方分かるかな』
『知ってる、ポッてあったかいの』
杜明がお滝から依代を受け取り、吐息を吹き掛けると『炎』という文字が赤く浮かび上がった。そして火の粉を散らし、依代全体に炎が纏い始めたのだ。宙にふわ〳〵とその場に留まり、漂う。
『す、凄い……』
お滝は初めて見る狐の術に仰天した。
狐生和が彼に人間、そして狐としての生き方を説いてくれたおかげだと、腕の中の彼を優しく撫でたお滝であった。
『水の中にあるから、危なくないよ。あったかいだけ』
杜明が依代を指差しそう言うと、お滝は頭を優しく撫でた。
『よくできたわね。偉いわよ』
夜が包み込む中、煌々と照らす炎が皆見えないはずもなく、その優しく温かい光に人が集まり出した。
最初に集まるのは、どの時代でもそうなのかもしれない。興味津々の子どもたちだ。
『すごいね、太陽みたい、君、名前は』
『ン、なまえ……もりあき』
『もりあきくん、わたしはね、真湖って言うの。今度、土遊びとお花探しゝようよ』
『う、ウン』
緊張からか、杜明の体からは狐の耳と尻尾がニョロンと生えてしまう。
その様子を見た子どもたちは、耳が生えた、ワハヽヽ、イヽナァ、と羨ましそうに話していた。
『ほら、みんな、おいで。こゝなら体が暖まるよ。怖くないよ』
子どもたちに向かい、手招きをすると、数人が駆け寄った。子どもたちの母親たちは顔を見合わせながら困惑していた様子であったが、お滝の元へと集い始める。
雨は徐々に止んでいった。皆の笑顔が少しずつ戻り始めようとしている。
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