72人が本棚に入れています
本棚に追加
5.事態の真相
思いがけない言葉に、息を飲んだ。
(まさかこれ、殿下が私を強引に排除しようとしたわけじゃないよね? 違うよね?)
うかがうように彼を見ると、殿下の目に怒りが見える。
彼にも想定外のことだったようで、裏で策略を練ったようには思えなかった。
「"王命"とはどういうことか。父上は長期の狩りに赴かれて、今頃はエスナス城にご滞在。国の重鎮であるウェルテネス公爵を片手間に捕縛されるようなことはないはず。経緯を説明しろ」
さすが、落ち着いてる。
警備隊長を昂然と問い質した。
「はっ。命を下されたのは、バネスト伯爵夫人です」
(バネスト伯爵夫人?! 国王陛下の愛妾だわ!!)
ずっとロデイル殿下と王妃殿下を苦しめて来た女性が、なんで??
「──陛下が城を出られる前、"バネスト伯爵夫人の言葉を王命と心得よ"と言い置かれ、"権威の指輪"を預けられていたのです。その強権でもって命令されますと、職務上、我らでは逆らうことが出来ず……」
自分でもしたくないことをしている、という姿勢をアピールしながら、警備隊長がしどろもどろに答える。
殿下の声が、険を孕んで圧を持つ。
「それはバネスト伯爵夫人の便宜を図ってやれと言うだけの意味だろう! たかだか愛妾が、我が国きっての公爵家に捕縛命令など、もってのほか。公爵家に何の罪状を掲げて、そんな身の程知らずの暴挙に出た!?」
「罪状は、その……"自分を不興にしたから"、と……」
「ふざけた私憤だ!」
今度こそ、怒声が弾けた。
ロデイル殿下が、即座に他に命令を出す。
「すぐに父上に連絡して、この越権行為をお伝えしろ! もちろんエリシアへの手出しは禁じる。彼女は私の婚約者で、未来の王子妃だ。愛妾ごときが手を出して良い存在ではない! これは王命を騙る、反逆罪だ!!」
毅然と言い切って、殿下は公爵家への通達も急いだ。
"早急に事態を収拾するから、決して動くな"と。
"権威の指輪"で下された命令ゆえ、王子といえど既に捕まった父たちを、勝手に釈放出来ないらしい。
ウェルテネス公爵家の私兵が主不在でも集結し、いたずらに旗を挙げると大事になる。
本当の反乱と見なされてしまうのだ。
行き違いでは、済まなくなること。
もしくはそれが真の狙いだったのかもしれない。
バネスト伯爵夫人は、王妃殿下とロデイル殿下を支援していたウェルテネス公爵家を、常々邪魔に思っていたのだろう。
国王不在の隙をついて、我が家を削ごうとした。
なぜ今この時に、と思うけれど、私と殿下が結婚したら、ますます結びつきが強固になる。
毎晩通う殿下に、結婚も秒読みと誤解したのかも知れない。
殿下の母君を苦しめていた自覚もあるだろうし。
やがて殿下が即位した後の、自分の扱いも危惧してたはずで、殿下の後ろ盾たる大貴族を潰せば、懐柔した貴族で対抗出来ると考えたとしてもおかしくない。
とにかくバネスト伯爵夫人は賭けに出た。
ロデイル殿下に睥睨され、警備隊長以下、兵たちは大慌てで広間を出る。
この騒ぎで夜会は当然、散会。
緊張のただなかで夜を明かすうち、狩場から王が駆け戻り、私の家族はすぐに捕縛を解かれた。
王の権威を脅かしたバネスト伯爵夫人は地位を剥奪の上、重罪人として牢に繋がれた。
王は今回の暴走事件を重く受け止め、金輪際、妾を持たないと王妃殿下たちに誓約したらしい。
何気ない一夜は、王家転覆と国内騒乱の危機だったのだ。
第一王子が公爵令嬢エリシア・ウェルテネスを庇って守ったため、宮廷の秩序は維持された。
が、一歩間違えば王家に対する不信から、公爵家に与する貴族たちの離脱、蜂起さえ有り得たということで、ロデイル殿下の対処には、彼の評価が高まったらしい。
起こる事態をすぐに読み取り、防ぐための手を打ったとして。
なんのかんの、次代の王として育っていたのだ、彼は。
ま、まあ、実際。事件の間、蒼白な私をずっと支えてくれたのは、心強くて見直した。
熱愛の噂がさらに広まってしまったのは、余分だったけど。
ウェルテネス家は力のある家だから。
だから私が殿下の婚約者として選ばれていたことが、よくわかった。
家の力で、愛のない婚約を強いられようとしている殿下の反発も頷ける。
(私たちはやっぱり別れた方がいい──)
ズキンと胸が痛んだ。
最初のコメントを投稿しよう!