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「お昼、食べられそう?」
瑞希に声をかけられると、紺野は閉じていた目を薄く開いて力なく笑った。
「そうですね、少しだけなら……。でも、朝のみそ汁が残ってるはずなので、僕はそれでいいですよ。瑞希さんだけ、何か買ってきてください」
紺野はよろよろと起き上がると、戸棚から財布を持ってきた。
「ここを出て左に五百メートルほど歩くと、スーパーがありますから。そこで、好きな物を買ってください」
紺野は本当に何気なく財布を丸ごと瑞希に渡そうとするので、これには瑞希の方が焦ってしまった。
「いやいやいや、ちょっと待って。財布なんか、丸ごと渡しちゃっていい訳? あたし、これ持ってトンズラするかもしれないってのに」
すると紺野は思ってもみなかったことだったらしく、きょとんとした顔をした。
「え、瑞希さん、トンズラするんですか?」
「あ、いや、別にそんなことしないけど、もしするような人間だったらどうすんのって意味で……」
瑞希がしどろもどろに弁解すると、紺野はくすっと笑って、改めて財布を差し出した。
「瑞希さんなら大丈夫ですよ。持って行ってください」
瑞希は、もうそれ以上何も言えなかった。差し出された財布を遠慮がちに受け取ると、紺野のコートをひっかけてアパートを出た。
十メートルほど歩いたところで、瑞希はそっと財布を開けてみた。中には、千円札が4枚と、いくらかの小銭。バスカードと、これから行くスーパーのカードが一枚入っていた。
――大した中身じゃないから、あんなこと言えたんだよね。
そう思ってはみたものの、瑞希の頭からは、先ほどの紺野の笑顔と、あの言葉がどうしても離れなかった。
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