12月20日

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「はっくしゅん!」  隣を歩くびしょ濡れの男が、大きなくしゃみをした。  瑞希はちょっとうんざりした表情で、その男を横目でちらっと見やった。  湖畔沿いの薄暗い道路を、二人は歩いていた。男のおかげで、瑞希は膝から下がぬれているだけですんでいたが、男の方は頭の先からつま先まで、水浸しの泥だらけになっている。助けてもらったというのに、瑞希はそんな男と歩いていることが恥ずかしくて仕方がなかった。小さくため息をつくと、男を横目でにらんでつぶやく。 「マジで信じらんない」  ぽつぽつとともる街路灯以外、明かりのない静かな道。車もほとんど通らない。男の様子は、瑞希より背が十五センチほど高いことくらいしか分からなかった。 「すみません」  男は小さく頭を下げたようだった。 「別に謝ってもらってもしょうがないんだけどさ」  すっかり水にしめってじぶじぶするフェラガモの靴を踏みしめながら、瑞希は肩をすくめた。何だか、死ぬどころではなくなってしまった気がした。 「ま、あたしのせいでそうなったんだし、送るよ」 「え? いいですよ。僕が駅までお送りしますから」  そう言って(かぶり)を振った男を、瑞希はちらっと見上げた 「駅に行ってもしょうがないんだ」  瑞希は小さくため息をついた。水浸しになった足が寒いのを通り越して、針で刺されるように痛い。 「ねえ、あんたんちに送ってくかわりにさ、足だけ洗わせてくんない?」  じぶじぶ音をたてるフェラガモの靴に目を落としたまま、瑞希は言った。 「家の人には、何かうまい言い訳を考えるから……このままじゃ、寒くて」  瑞希は、男が自分と同年代くらいだろうと見て、そう言った。  男はしばらくの間黙って瑞希を見つめている様子だったが、やがてその口から出てきた言葉は、瑞希も思いがけないものだった。 「言い訳はいりませんよ。僕は一人暮らしですから」  瑞希は目を丸くして隣を歩く男を見つめた。声の感じや雰囲気から、てっきり高校生だと思っていたからだ。瑞希は職業柄かどうか分からないが、お客の年齢を見極めるのは得意だった。わざと未成年の相手をして、あとで脅して強請るなんてこともたびたびやっていた。瑞希はその泥だらけの横顔をもう一度まじまじと見つめた。薄暗いし彼自身も汚いから、恐らく見間違えたのだろう。 ――大学生か。  瑞希は、ここ数日の生活の糧を得た気がして、にやりと笑った。
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