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「過去がどうあれ、それに縛られる必要はありません。気持ちの持ち方ひとつで、いくらでも人は変われるんです。僕も、変われないと思っていました。過去からは、逃れられないと……。でも実際、僕はたくさんの人に助けられて、変わることができた。だから、瑞希さん」
紺野は、瑞希にほほ笑みかけた。あの、優しい穏やかな笑顔で。
「あなただって、きっと変われます。大丈夫、自信を持ってください。あなたはお料理も上手だし、人の動きを見て察することもできる。相手の気持ちを考えることもできるし、それを行動に移すこともできる。社会に出ても、きっと立派にやっていける人です」
瑞希は紺野の顔を見つめたまま、動けなかった。
他人から、自分のことをそんな風に言ってもらったのは初めてだった。学校でも、瑞希は問題児扱いされていた。複雑な家庭環境とヤクザな親の影響で、派手な服装や目立つ髪形をしていたせいかもしれない。勉強も、あまり得意ではなかった。習い事も一切やっていなかったし、人よりはっきり秀でているものもなかったので、自信の持てるようなことは何ひとつなかったのだ。
「人より秀でている必要はないんです」
紺野は静かに言葉を続けた。
「瑞希さんは、瑞希さんにできることを、瑞希さんなりにされればいい。それで誰かの役に立つことができれば、十分なんです」
紺野の言葉を聞きながら、瑞希は、目の前で静かに語るこの男が自分と同世代だということを忘れていた。何だか自分より、はるかに年上の大人のような気がしたのだ。年齢不相応な敬語も、この時ばかりは不思議と違和感がなかった。
「ただ……」
紺野は続けようとした言葉を飲み込むと、言いよどんだ。
「ただ?」
いぶかしげに顔を上げた瑞希の顔を、紺野はおずおずと見やる。
「……ただ、いくら可愛らしいからと言って、それを安易に不特定多数に売りに出すのは……たとえある意味人の役に立つからといっても、それだけは、できれば、やめていただけると、ありがたいんですけど……」
瑞希はポカンと口を開けて紺野の顔を見つめていたが、やがて思いきり吹き出した。
「マジ? あんた、あたしのこと、かわいいって思ってくれてたんだ?」
紺野は恥ずかしそうにうつむいた。
「売春だって立派な職業だって論も、わからなくはないんです。それを望んで金を払うヤツがいるんですから。だけど僕は、まだそこまで言えるほど安全な職にはなっていないと思うんです。働く人の権利が保証されていないし、客も意識が高いとは言えないし、万が一のとき、店もあなたを守ってくれるとは限らない。あなた自身の被るリスクが大きすぎる。もし自分の娘がその職に就くと言ったら、僕は多分、反対します」
その言葉に、またまた瑞希は吹き出した。
「は? 何言ってんの? その年で娘とか……想像力ありすぎでウケる」
紺野は小さく笑ったが、なぜだか寂しそうに目線を落とした。瑞希はそんな紺野の様子には気づかず、しばらくの間腹を抱えて笑っていた。
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